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孤立する母子の諸相

 日々あふれるさまざまな事件やニュース。それぞれ別々に見えても、一歩引いたところから見てみると、共通の課題や原因が見えてくる事もある。それは、時に社会病理とも重なる。

 アパートの目の前に少し大きめの公園がある。遊具などのある小さな公園では無く、テントを立てて大がかりなイベントなどが行われる空き地型の公園である。親子連れや犬の散歩に多くの人が訪れてくる。
 さすがにお正月は、家族連れの姿も多くみられて心が和んだ。だが、去年ここを通るたびに目にしていた風景は少し違っていた。それはいわば「孤立する母子」であった。

 大きな公園には遊具類は無く、周辺部にいくつかベンチがあるだけなので、本来禁止のボールを使った遊びをする子供達や、犬の散歩に訪れる人も多い。そのなかで、母親と子供だけで遊びに来る親子もたくさんいる。だが少し前まで、公園デビューとかママ友とか呼ばれた風景はそこには無い。何組かの母子が、広い公園のあちらこちらに点在して、親子だけで遊んでいるのだ。犬を連れた散歩者は、必ずと言って良いほど他の犬連れの人と集まっておしゃべりなどをしている。犬が見知らぬ人でも結びつけてくれるのだろう。少し前なら、それが子供だったはず。子供を連れた母親同士が集まっておしゃべりをする。そんな風景が、この公園ではほとんど見られないのだ。

 広いから煩わしい人付き合いなどしなくても、自分たちだけの空間を確保できる。そんな理由なのかも知れない。だが、濃密すぎる母と子供の関係が、社会の中で孤立しているように見えてしまうのだ。


 離婚件数の増加が止まらず、比例して母子家庭もふえている。それも貧困の母子家庭が。そこでは愛情を子供に注ぎたくても、生活を維持するためにはそれも犠牲にしなくては成らない、現在の日本社会のゆがみがある。だがそれだけではなく、いまの日本社会が抱える諸相には、孤立する母子の姿があちこちに見受けられるように思えて成らない。

 たとえば、
 等々。

 これらには「孤立する母子」の姿がダブって見える。
 票にならなくても、弱者に目を向け救うことは、経済的利益もあるのだと言うことを、政治家の多くが早く学ぶべきだろう。ま、社会の将来などどうでも良くて、いまの自分がよければ構わないという人間が多すぎるのだろうが。


   公園における「孤立する母子」の姿が、単なる思い過ごしであってほしいと、心からそう願う。

平成28年1月5日(火)
秋山鷹志