オン草紙ブログ On草子ブログ OnZoshi-Blog オンゾウシブログ On草紙ブログ おんぞうしぶろぐ

政治家の資格審査が必要なのでは

 号泣会見で名をはせた(?)元兵庫県議、政務活動費913万円の詐欺罪などに問われた野々村竜太郎被告の裁判が、会見同様に話題となっている。初回の出廷をすっぽかしたため、勾引状を出されて強引に法廷に引き出されたのだが、今回もまた訳のわからない対応ぶりが目立った。裁判官もあきれたのか、そのまま勾留状を出して身柄を拘束してしまった。最長2ヶ月は勾留出来るので、次回の法廷も開けることになる。

 それにしても、元議員のこの人物、少々おかしくないだろうか?記憶障害とか、心因性難聴とでも言うのか右の耳でしかよく聞き取れないなどと発言している。だが会見でも法廷でも、自分に都合の悪いことだけ訳がわからなくなり、それ以外は正確な記憶を示している。これは計算ずくのしたたかさ、人を馬鹿にしたものなのか、それとも逆に小心でありながら自己顕示が強い性格のなせるものなのか、どうもよくわからない。だがまともな大人の常識人の行為や行動からは、著しくかけ離れていることだけは確かであろう。

 議員の質の劣化が止まらないように見える。その原因の一つが、出したい人ではなく出たい人が議員になっているからであろう。民主主義の基本である、誰でも政治家に立候補できる権利は尊重されねばならない。しかし弁護士、公認会計士、教師、医者等々、多くの職業で資格取得が義務づけられているのに、なぜ政治家だけ資格がいらないのだろうか?政治家はその国民の水準によって選ばれると、達観してしまうことはたやすい。しかし、みすみすおかしな政治家が地域や国をだめにするのを見過ごすままにするのも間違いであろう。


 さすがに資格を作れとまでは言わないが、選挙において、投票する側にもう少し立候補者の人間性がわかる工夫をする事は、可能なのでは無いだろうか?アメリカ大統領選挙は、その一つのモデルでもある。長期間にわたり、数多くの討論会を設けて、立候補者の考え方や人柄を、国民の前に明らかにする。議論の仕方のうまい人物が残るという弊害も確かにあるが、それでもやらないよりはましであろう。

 日本においても、一方的な政見放送の垂れ流しというやり方だけでは無く、もっと広く有権者にわかる方法があると思う。これまで国民放送局の新設を提案してきた(*)が、ここでもそれが有効に機能するだろう。
 一体いまの政見放送をどれだけの人が見ているのであろうか?関係ない地域の立候補者の発言など興味はないだろうに、現在は地域が十分に考慮されているとは言えない。国民放送局の全国と地域チャンネルの別が、ここで威力を発揮する。全国区の立候補者は全国チャンネルで、地域チャンネルでは投票する地域の立候補者だけを放送する。こういうきめの細かさが重要なのである。
(*)国民情報放送局(NIB)津波放送を見て 国民情報放送局と防災省国営放送局の新設 etc


 さらに、候補者の人柄がもっとわかるように、あらかじめ決められたビデオでは無く、自由に発言させる場を設けよう。と言っても、そこには工夫がいる。なぜなら、公平な司会者、キャスターとか言いながら、結局は誘導的な質問をぶつけたりして、恣意的なものと成ってしまうのが、いまの日本の放送の現実である。したがって、進行役の人間はあくまでも進行に徹して、意見等は言わせないようにする。アメリカ大統領選挙で、共和党候補者のトランプ氏が、司会者が不公平だと討論会をボイコットするとのニュースがまさにいま飛び込んできた。公平性の担保は、人間の主観が絡む限り難しい問題ではある。

 そのうえで、質問事項もあらかじめ用意した100問程度の中から、ランダムに機械が選びだす。それに1問3分の時間を与えて答えさせる。3問から5問程度で充分だろう。これを全候補者に一人一人生で行えば、候補者の人間性や考え方が見えてくる。放送時間もさして多くは必要がない。

 学生時代に、話し方教室に行ったことがある。そこでは、いきなりお題が与えられて5分間考える。そして、一人ずつ持ち時間3分で、お題について起承転結の話をみんなの前でする。みんなの興味を引く話を即席でするのはかなり難題であるが、これすら出来ないと言うのであれば、政治家になど成るべきでは無いだろう。

 また、同じ質問で無いのは不公平だという議論がでそうであるが、それは誤りである。政治家を志す者が、はじめから答えを用意しないと答えられないのでは、そこですでに失格なのだから。それに、難しい質問にうまく答えられれば、むしろ有利にもなるし、運もまた人生には付いてくるものである。むろん障害を持つ立候補者への配慮は必要だが、それは別の問題であろう。


 専門家の中では、地方議員の劣化は戦後の地方議会選挙制度にも問題があるという指摘も有る。だが、それは地方自治のあり方や、現在は全く同じ区域になっている立法と行政の区域の違いをどのように克服するかなど、数々の根本的な課題につながっていく。それを真摯に議会で議論させるためにも、まともな議員を選ぶ必要がある。

 規制改革を邪魔するのは、その規制による恩恵を受ける者が必ず存在するからである。このような簡単な政見放送すら許されない社会に明るい未来は無いだろう。改善の方法はある、後はそれを実行する意志だけなのだ。国民の、つまりあなたの!

平成28年1月27日(水)
秋山鷹志