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どうでも良いことながら「張本の方が大谷に失礼」だろうが

(文中敬称略はいつも通り)
 私は野球にまるで興味は無い。ましてや張本某氏は、好きではない方に近いが、どうでも良い人物である。それを敢えて取り上げたのは、野球には全く興味が無いくせに、投手と野手の両方をやり続ける大谷にエールを送りたい為かも知れない。

 『張本氏またダメ出し!大谷二刀流は「わがまま。他の野手に失礼」』(スポニチアネックス)

 張本発言が書かれたとおりだとするならば、「野球馬鹿はやっぱり本当の馬鹿なんだ」などと悪口を言いそうになる。言ってるだろうって、失礼!前言を撤回します。

 発言自体がおかしいと思える理由は、簡単である。

 1)プロ野球の世界は厳しい実力の世界だったのはないのか?それなのに、なぜ、二刀流の選手に勝てない能力の無い野手を甘やかすのか?真に能力があれば、実力で大谷の野手の座を奪い取れば良いだけである。それを「野手に失礼」など、よほど他の野手陣を馬鹿にした失礼な発言に思うのだが。

 2)成人した21歳のプロの選手に向かって、「周りの大人が説得してやらないと。まだ子どもだから。」だとは、あまりにも人を小馬鹿にした傲慢な物言いである。国会ならたちまち炎上だろうに。自分こそ何様のつもりなのだ。

 3)プロ野球選手の役割は何か?子供達に夢を与えるなどというお題目は、ここではどうでも良いだろう。長嶋茂雄が、それほどの記録では無くても未だに人気なのは、まさにプロとして「記録より記憶」の魅力有る選手だったからだろう。プロは金をもらって人を集めるのが最大の仕事である。人格的に問題が有る選手でも、能力があって観客が呼べるならば、それは立派なプロである。二刀流という人がやらないことをやって人が呼べるなら、それもプロの才能である。

 4)投手だけなら25勝出来ようが、二刀流でものにならないまま終わろうが、そんなの本人の選択の自由である。失敗しようが成功しようが、その人の人生は本人の物である。米大リーグに行って、投手に絞るか二刀流でさむらい選手として人気だけ取るか、それもまた彼の自由である。
 忠告とか良いながら、自分の経験だけの狭い世界でものを言う人間は大嫌いである。過去の習慣とか、当たり前の事とか、旧態依然の姿勢からは、何も生まれてこない。個人的に最も憤りを感じているのは、実はこの事なのかも知れない。

 もっと書かねばならないHPが溜まっているのに、ついつい書いてしまった。もったいないから公開しよう。

平成28年2月21日(日)
秋山鷹志