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「イスラム」を隠すNHK報道は正しいのか 

 NHKは、一部勢力からの圧力に弱いのだろうか?『イスラム教過激派IS』という言葉から、「イスラム教」という単語を外してしまった。

 イスラム教を信仰する多くのイスラム教信者とISなどの過激派とが、別に扱われなくては成らないことは充分に理解している。だが、だからといって、彼らがイスラムの教えに基づき行っているとする行為(蛮行であるが)を正しく理解するためにも、彼らがイスラム教徒を名乗っていることを隠蔽すべきでは無いだろう。それは、かえって物事の本質を見失うことにつながる。

 極端に言えば、欧米の反イスラムの言い分だけで、彼らをテロリストと定義している事は正しいのだろうか?むろん、どう公平に考えても彼らの武力行使が正当化され、テロでは無いと判断されることは無いだろう。それでもなお、我々は、現象を正しく認識するためにも、問題の相手をきちんと見る必要があるだろう。過激派であって、イスラム教では無いとだけ云うことが、それにかなうことなのだろうか?


 日本人の国民性(集団農耕型の場合)で悪しき性癖がある。それは、何かいやなものは見ないことにしてしまうと云う性癖である。ガンはケシカランからといって、ガンの正体を正しく認識しなければ、いかなる治療も対処も出来ない。戦争がいやだからといって、敵国の武器・兵器を知らなければ、自国の安全を守る事などあり得ないだろう。だが、触れないことが正しいかのような言説がまかり通る。特にメディアがそれをやるのだから恐ろしい。

 イスラムという事を隠蔽してしまうことは、これらと全く同じ事である。この体質が、福島第一原発事故時も、確定していないからといってメルトダウンだと云う解説者達を遠ざけた。正しいことを伝えると云うことは、確定されるまで口をつぐむということではない。むろん不確実な事を、確定的に云うことも許されないが。


 せめて「イスラムを名乗る(騙(かた)る)過激派IS」という言葉ぐらいは使用すべきである。

 どう言いつくろおうが、今回バングラデシュで起きたテロでは、イスラム教徒かどうか聞いたうえで、非イスラム教徒の外国人を殺害したのである。彼らが真のイスラム教徒かどうかでは無く、なぜ彼らはイスラム教を隠れ蓑あるいはよりどころとするのか、しなければ成らないのか、そういう本質の議論と解釈が求められている。そこから逃げては成らない。


(追加)

 バングラ政府は正式に今回のテロは国内過激派であり、ISとは関係が無いと表明した。バングラではすでに40回ものテロが起きており、テロと無関係の国では無くなっている。欧米ニュースばかり流して、アジアの情報を軽視する日本メディアの問題点が、ここでも浮き彫りになっている。

 それはさておき、今回のテロがISと無関係だとしたら、それはむしろ世界の不安定要素、とりわけイスラム教信者とそれ以外の溝を深めることになる。なぜなら、ISでも無いのに残忍な外国人排除のテロを行ったのは、紛れもなくイスラム教を名乗る人々だからである。つまり、イスラム教が、テロを起こす何らかの内在的なものを抱え込んでいるとみられても仕方が無くなるのだ。ISじゃなくても、やっぱりイスラム教じゃ無いか、そのように受け取られてしまう。

 その意味で、バングラ政府がかたくなにISを否定する政治的な意図は理解できても、それが非イスラム世界に及ぼす影響を考えると、あまり良いことだとは思えない。高学歴で裕福な若者達が、イスラム教の名の下に、蛮行を繰り広げるその社会病理はきちんと認識されないと、テロはやまないだろう。貧困や格差による暴発では無い、個人の思い込みによるものほど始末の悪いものは無いのだ。

平成28年7月4日(月)
秋山鷹志