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日本人は射殺する覚悟を持っているのか

 比較的安全だと見られていたドイツだが、やはりテロと無縁なはずは無かった。このところ立て続けにテロが起きている。犯人はどちらの事件でも射殺されている。

 死刑廃止や人権重視というのがヨーロッパの売りなのだが、事件の犯人にはそう甘くない。その事実を日本のリベラルを気取るメディア、とりわけテレビはこの事をきちんと報道しない。

 ミュンヘンのテロリストは銃乱射をした。これには銃で対抗するのは至極当然かも知れない。だが1件目、未成年の犯人は、オノやナイフを凶器とし、銃はもっていなかったようである。それでも、列車から逃げるところを警官によって射殺されている。

 欧米では、犯人に対する武力行使は、非常に苛烈で厳しいものがある。それに対して日本では、ひたすら犯人の人権ばかりを声高にして、銃を使用するだけでも非難囂々となる。だが、こんなばかげた事を一体いつまで続けられるのであろうか。

 テロリストが無差別殺人を行っているのに、銃を使わなければ、一体どれだけ余分な犠牲者が出てしまうのであろうか。そんな現実すら正しく眼を向けようとしない、人権・平和原理主義にどっぷりとつかった日本人達。けっきょく、多くの犠牲が出なければ、いつも眼を覚まさないのだ。

 暴走族であろうが何であろうが、犯人を逃がすから、いくらでも図に乗ってのぼせるのだ。自分たちは命の危険が無いと思うから、身勝手なことも平気でやれる。パトカーをぶつけるなどの実力行使をしてでも、犯罪を制圧する。それが本来の警察である。それをやらなくなったとき、警察自ら犯罪のエスカレートを助けてしまうのである。

 もういい加減で、なんでも戦前と重ね合わせて何かを語るのをやめるときであろう。テロの犯人制圧の為の実力行使や銃の使用を、戦前のオイコラ警察と重ね合わせて反対することに、どんな意味があるというのか。
 警視庁などのテロ対策部隊は、銃による装備を持っているが、彼らが現場に駆けつけるまでに一体どれだけの犠牲が出るのか。またそもそも、彼らは本当に直ちに銃を使用する権限を与えられているのだろうか?真剣に考えるときだろう。日本にもバングラのテロ支援者が実際にいたのである。だが、まんまと逃げられている。こんな現状では、いつ国内でテロが起きてもおかしくは無い。実際、オームのテロは、世界に先駆けたテロだったのだから。

平成28年7月23日(土)
秋山鷹志