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失敗に囚われる心の弱さが
感情的な「平和」至上主義を生んでいる

 失敗は心の奥に記憶としてしっかりと留めておきながらも、それにとらわれる事が無いというのが正しい在り方である。囚われてそれにひきずられすぎれば、それ以外の物が見えなくなり、結局は正しい判断すら下せなくなる上に、次の新たな挑戦を行うことも出来なくなってしまう。

 戦後日本の集団農耕型気質の多くが陥った「平和至上主義・平和原理主義」とは、まさにこの状態である。洗脳されやすいなど他の気質要素もあるにせよ、結局は精神性の問題につながる。戦後頭から精神教育を否定させられて、自我すらも未発達な大人になりきれない精神を持った人間が多数輩出されてしまった。精神教育とは、国家主義教育や軍国主義教育のことを言うのでは無く、人間としての自我を強く保つことが出来るように、その精神の耐性などを強める事で、言い方を変えれば人格形成に他成らないのは、あらためていうまでも無い。ここをわざと混同して話しているのか、無知なのか、教育者・知識人・メディアの責任は大きい。


 むろん、高齢者で戦前の精神教育をうけた人が、戦後、極端な戦争反対だけの思考形態に陥ってしまっていることを責めることは難しい。それほど心に受けた傷は大きいのだから。しかし、極端から極端に走る気質と相まって、強固な戦前の精神力は、戦後その方向性だけが正反対に向けられてしまった。それゆえに、問答無用という理性を欠いた発言を正しいとかたくなに信じて、自己満足に陥っている知識人などが、かなり多くみうけられる。ノーベル賞受賞者といえども、その成果がそのままその人間の人格や考え方の正しさと結び付いているわけでは無い。そんな基本的な事すら、権威主義の前では影を潜めてしまうのだろう。そして、これが特定の思想や信条を持つわずかな勢力によって、最大限に利用されているのが現在の日本社会の現状であろう。



 いま欧米のあちこちで、リベラル派とは対局の保守的な市民が増えているという。イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ政権の誕生は、その証だとされる。だが、それを生み出したのは何か、その冷静な分析や反省は、リベラルを自認するメディアなど既存の勢力からは聞こえてこない。それがますます先鋭な対立を生みだし、よからぬ方向に走らせることになる。やらねばならないのは、民族主義的な傾向を批判するだけではなく、なぜそれが生み出されているのか、その根本的な解決に努力すべきなのである。現状肯定とは紛れもなく既存勢力に属するのだという簡単な事すら忘れている人々が多すぎるのだろう。だからこそ、反動もまた起きたのである。失敗に囚われるように、リベラルなどに囚われすぎた平等・人権原理主義は、少しずつ穏やかなものにならなくてはいけないのだろう。

 神ながらの道において、とらわれる事を良くないことだとする理由はここにある。例えどのように高尚な事柄でも、とらわれすぎれば泥沼になる。

平成29年2月25日(土)
秋山鷹志