文化
第1章 文化とは、文明とは

文化とは


 文化とは



 文化を考えるときに、そもそもよくわからないのが文化と呼ぶその枠組みである。たとえば、牛を食べない文化、豚肉を食べない文化、紅茶を飲む文化、鯨を食べる文化、犬を食べる文化、ホットドックとコーラの文化など、あげればきりがない。ここに上げたのは主に食べ物からの文化の特徴(枠といっても良い)であるが、これとても必ずしも正しいわけではない。インダス文明に見られた菩提樹や牛の神聖視は、その後いわゆるヒンドゥー教に引き継がれたため、インド文化の代名詞になってはいるが、それでも国民の11%は、ムスリムと呼ばれるイスラム教であるし、ほかにもスィワ教、仏教など多数の宗教がインドにはある。したがって、いちがいにインド人は牛を食べないとか、豚を食べるとかはいえないし、日本でも最近は関西風の汁を好む関東人もいるので、文化の枠組みというのは、あくまでも最大公約数的な意味しかないことを前提としないと、誤った方向に話が進んでしまう。
 それにしても、食べ物をちょっと考えただけでもこれだけの違いがあるとしたら、文化の枠組みはそれこそ無限にあるわけで、文化・文明という抽象的な概念を定義してもなかなか具体的な議論にむすびつかないであろう。

 ちなみに文化についての説明を辞書で見てみよう。

ぶんか【文化】(大辞林 第三版)
@〔culture〕 社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教,種々の制度などはその具体例。文化相対主義においては,それぞれの人間集団は個別の文化をもち,個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており,その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
A学問・芸術・宗教・道徳など,主として精神的活動から生み出されたもの。
B世の中が開け進み,生活が快適で便利になること。文明開化。
C他の語の上に付いて,ハイカラ・便利・新式などの意を表す。 「 −鍋」 〔「文徳によって教化する」の意で「文選」にある。当初,「文明」と共に英語 civilization の訳語。中村正直訳「西国立志編」(1871年)にある。明治30年代後半英語 culture やドイツ語 Kultur の訳語へ転じた。現在の意では西周(にしあまね)「百学連環」(1870〜71年)が早い例〕

 ついでに似た言葉であり、ここでのもう一つの主題たる文明についてもみておこう。

ぶんめい【文明】(大辞林 第三版)
@文字をもち,交通網が発達し,都市化がすすみ,国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。 「オリエントの−」
A人知がもたらした技術的・物質的所産。 「 −の利器」 〔「学問や教養があり立派なこと」の意で「書経」にある。明治期に英語 civilization の訳語となった。西周(にしあまね)「百学連環」(1870〜71年)にある。「文明開化」という成語の流行により一般化〕

 これを読んだだけでも、すでに文化と文明で解釈の一部が混ざり合っていることがわかる。

 文化の「くくり」


 はじめの食文化の例でもわかるように、文化なるものをややこしくしている理由のひとつは、その範囲の不明瞭さであろう。○○文化というとき、その中に含まれる人間は、いったい何を意味しているのだろうか?別の●●文化の構成員と必ずしも同じ訳では無い。そこで、ここでは「くくり」という概念を使ってとらえてみたいと思う。「くくり」とは、「袋の口をひもでくくる」という、あの単語で、ごく普通に日本語として使用されているものである。

 くくりの概念は、日本人の気質を語る上で最も重要な言葉のひとつであるが、ここでは簡単に、何らかの特徴によって分けられた集団としておこう。さまざまなくくりの中で、わかりやすいのが、民族や部族と呼ぶくくりであろう。それを念頭に置いて、先に進むことにしよう。[参考:「日本人の気質 第4章 「くくり」と「撞着」 他各章]

 文化の境界の曖昧さ


 まずは、図を見ていただきたい。これはパソコンなどで、画像描画ツール(わかりやすく、お絵かきツールなどともと呼ばれる)のソフトウェアを使用した方ならば、見覚えがあると思うが、色を選ぶ元になる色見本のようなものである。一見、色の境目はぼやけていてはっきりとしないが、実は赤、青、緑、の三原色を各色256種類用意し、それを混ぜ合わせた小さな色が集まってできている。たとえば、赤を255、緑と青を0の割合で混ぜたのが、鮮やかな純正の赤色である。

 文化をこの色見本で表現してみると、いくつかの視点が浮かび上がる。端から見ていくと、グラデーションと呼ばれる境目がはっきりしない色が続いていく。しかし少し離れてみると、明らかに異なった色がそこにはある。東洋文化と西洋文化では両者は大きく異なるが、日本文化と中国文化では、同じようなところも見られる、と云うようにこの図はおのずから文化の境界の不確実性を視覚的に捉えて理解させてくれる。
 また、述べたようにこの色見本は小さな色の集まりであり、それが大きくつながってみえる。IT技術風に言えば、デジタルデータが集まってアナログになっている、と表現できる。文化の担い手は、個々の人間であり、その個性も様々であるが、その集合である文化を考えるとき、あるまとまりのある色合いが見えてくる。このような構造が文化の構造として考えられる。

 実際の文化とこの色見本で大きく異なる点は、色見本では個々の色の配合は常に変わらないが、文化においては担い手たる人間が変化し続けている。親から子へ、あるいは一人の個人の生涯でも、時代とともに文化を担う個体はそれ自身が変化をとげてゆく。いわば、色見本の個々の色が刻々と変化していくのである。これが、文化をそしてそれを論じることを複雑にしている。さらに、個々の人間の変化は、帰属する文化との相互干渉的な影響によって変容している。
 この図を見ていると、特定の文化なるものの優越性や、文化の明確な領域設定がいかにあいまいなものであるかを、視覚的に示してくれる。

  色
   色
色見本で解く文化の概念図