文化
第2章 文化の発生と変容

文化の変容


 文化の変容


 文化は一度誕生すると、その独自化が強まって細胞分裂のように細分化が進んでいく。それと相まって文化は、ひとときもとどまること無く進化を遂げようとする。気がつくとそこに文化集団がいて、周囲とは違う文化を持っていることがわかる。さらに統治という文明的なもの、具体的に言えば国家という枠組みが絡んで、さらに話を難しくしてしまう。結局我々は、「いま」この時点における文化を常に追いながら、そのくくりを変えていくことでしか、文化をそして文化集団をとらえることは出来ないのだろう。であればこそ、文化の変容とはいかに起きるのか、どのようなものかなどを考える事は重要である。

 成立後の文化に影響を与える因子


 一度成立した文化に影響を与えるものは、文化の成立時の諸条件とほぼ同じであるが、そこに他文化との関係などが加わることになる。影響を与える因子として分ければ次のようになるだろう。

自然     : 地理的空間の変化、気象、災害、美的自然環境、動物相、植物相
人間     : 遺伝子等の生物学的な変化、エピジェネテクス的な変化、
        同化度(同化せざる民)
自文化の変容 : 文化の変容、社会の変化、科学技術の進歩
他文明    : 他の文明や文化の受容度と相克度


因子1


 くくりのゆらぎ


 文化というくくりの対象となる範囲はつねにゆらいでいる。「くくり」が示す対象は、明らかにある集団によって共有に認知されうるものであればよく、その範囲は時間的にも空間的にも、さらには個人的にもゆらぎをもち、そのゆらぎはある敷居を越えたところで変容となる。流行などは、まさに文化のゆらぎの最たるものかもしれない。
 表層文化のゆらぎは大きく見えても、それが直接深層文化の領域のゆらぎを現すものではない。それは地震に対する耐震構造のビルなどに見られるのとおなじである。もっとも最近では、技術の進歩により、緩やかにゆらすのではなく、ゆれそのものを吸収してしまう技術が進んできている。このゆれを吸収する錘の役割は、深層文化が担っているのであろう。

 時にこの揺らぎが、他文明の過剰受容という極端なものになることがある。日本は特にその傾向があり、自戒が必要であろう。

 文化の変容の形態


 文化が変容する大きな形態には二つのものが考えられる。ひとつは自ら進んで変容するもの、通常それを進化とか進歩と呼ぶ。もうひとつは、他の文明・文化の受け入れである。地理的に孤立した集団であれば、他文化の影響は小さくなるが、同時に進歩の刺激も受けづらくなる。現在のように、世界が狭く往来も激しい時代においては、二つの変容を明確に分けて考えるのは困難である。それでも、この考え方自体は何ら意味を失ってはいない。それどころか、世界で起きているさまざまな紛争、衝突の原因を説明しうるものである。

変容

 進歩(進化)であれ、他文明の受容であれ、文化の変容はそのほとんどが表層文化におけるものである。精神性などの深層文化は、変容することはあまりない。なぜなら、もしも根本的な感性や気質が変化するのであれば、それはその文化集団が変化してしまうことに他ならず、それはもはや別の文化として扱われるものだからである。

 ヨーロッパにおいては、比較的に小さな国家がたくさん存在している。元は大きな民族から派生していても、国民性の違いと言われるほどの感性や気質の違いが生まれれば、それは自ずから別の文化集団、民族と称されるようになる。
 一方、日本においては、各地で○○気質と呼ばれるものが数多く存在している。実際、江戸時代までは、それがおのおの別の藩として独立してもいた。いまもその気質の違いを残しながら、ひとつの日本という民族、文化集団を形成しているのは、そこに国家という枠組みが当てはめられたからでは無く、大元の感性の共通性が変わらない事によるのだろう。

 文化の変容に関わる因子


 生物学者(遺伝学)のドーキンスが、遺伝子と同様の考え方を文化に当てはめ、文化的進化の最小単位をミームと名づけた。しかし、遺伝子だけで遺伝子の入れ物である生物の営みがわからないのと同様に、ミームなる物を想定しても文化の変容は、その全容を捕まえられないであろう。

 変化の情報量と受容度


 文化は、方向性はさておき、その担い手たる人間とともに常に変化し続けている。その文化の変容度、すなわち変化の量は、変化の情報の量とそれを受け取る人間の受容度によって決まることになる。変化の量だけではなく質も考えなくてはならないが、文化それ自体が、言語や行動様式、理論や概念といった質に関わるものを含むのであるから、量の変化とは質の変化に他ならない。質とはプラスまたはマイナスへの傾きとして考えれば、それもまた量に含めて考えても、ここでは差し支えないであろう。


 同じ日本文化といっても、平安時代、江戸時代いや戦前と戦後でさえも、文化の目に見える部分は大きく異なっている。ほぼ同じ集団の持つ文化も時間軸によって変化するのであるから、そこに地政学的なものが加わればさらに異なるものになるのは当然の事のように思われる。とすれば、この文化の表層の変化、それは新環境への適応といってもよいかもしれないが、その大きさはどのように決まるのであろうか?

 表層文化の変容の度合いは、変化を引き起こす情報量とその帰属する集団の許容度によって決まると考えられる。あえて式に書けば

       C(変化量)= I(変化の情報量)** R(受容度 ≠0)

とでもなろうか。変化の情報量とは、現在の文化と変容後の文化との違い、差異量とも言える。受容度とは、文化集団が受け入れようとする度合い(許容的態度)で、歴史的な影響も受けるであろうが、気質などによることが大きいのだろう。
 ここでなぜ、単純にC=IxR でないのかといえば、この式では、情報量と受容度の関係が等価となってしまう、つまり C=2*100でも、C=100*2でも同じになる。これは文化の変容を考えたとき、実態とあっていないように思われる。むしろ、情報量が少なくても受容量が大きければ変容も大きいと考えるほうが素直である。歴史上でおなじような新しい文明との接触において、自らの文化を適応させた国・民族とそうでない場合とでは、この関係が大きく影響したのではないだろうか。

 他民族の侵略などの場合には受容度が限りなく0に近くなるであろうから、その侵略的外部情報量をFとした、

       C = F(強制された変化量) − R1(自発的受容量≒抵抗量)

の式になるかもしれない。いずれにせよ、これらの式は頭の体操であって、さしたる意味はないと述べておこう。

因子1


 表層文化の変容は、変化情報とその受容度により決定されるのであれば、変化情報がより早くより多く伝達される社会はその文化の変容も大きいことになる。しかし、より大きな因子はその情報の受容度である。端的な例が、日本の明治維新であろう。同じアジアの中で日本がいち早く近代化という名の西洋文明を取り入れたのも、この受容度の高さに他ならない。地政学的な環境が幸いして、欧米からの圧力は他のアジア諸国よりも少なかったからだといわれるかもしれない。歴史における幸運度はそれ自身がまさに歴史的要因なのであって、斟酌の対象外であると思うが、上記の式に当てはめれば、圧力すなわち情報量が少ないにもかかわらず、変化量が大きかったのは、受容度が大きかったことに他ならない。

 そして、この変化情報の受容度はその文化の特質を現す要素のひとつともなる。日本の文化の基底部分には、変化情報の高い許容度がみられる。ここで注意が必要なのは、ここでの変化とはあくまでも表層文化として現出した文化であり、その文化の基底をなす精神構造や心情性向などは対象としていない点である。特に日本文化は、他の文化を受け入れながらも決して全面的に自文化を置き換えることもなく、むしろ日本的に修正してしまうことはすでに多くの論者により指摘されてきている。

 文化防御壁



因子2


 文化の変容においては、文化集団の持つ受容度の高さが重要な意味を持つと述べた。それをもう少し別の角度でとらえた要素が、文化防御壁という考え方である。成立した集団は、その集団や組織、くくりと言って良いのだが、を守ろうとする内向きの働き(内集団バイアス)が発生する。したがって、受容度とは反対の力がうまれる。そのひとつを文化防御壁と呼んでおく。
 文化防御壁で問題となるのは、その強固さとともに、どれだけ深層文化に近い位置にあるのかという位置の問題である。
 表層文化の表面近くに強固な文化防御壁があれば、自文化の変容である進歩についてさえも、寛容では無いことになる。高度に発達していない文化が、なかなか進歩していかないのも、このためだと考えればわかりやすい。自文化が発達して強固になると、文化防御壁は、より深いところに移る。結果、表層文化の変容を受け入れやすくもなる。反面、いくら表層文化が変容しようとも、深いところに強固な文化防御壁があれば、進歩であれ他文明であれ、その受容度は大きなものとなる余裕が生まれる。

 このように考えれば、一見新奇性が高くて他文明などの技術を受け入れる受容度がありながら、決して精神性などの深い深層文化が破壊されない日本のような民族のあり方を、うまく説明することが出来るであろう。受容度と防御壁どちらか一方だけでは、うまく説明することがなかなか出来ない。

 国民性を表す例えとして、すぐに打ち解けて話をするが、その実なかなか本心を見せようとしない民族と、取っつきづらくてなかなか打ち解けないが、あるところを越えるとかなり親密になる民族があるといわれる。このような気質の違いが、受容度や文化防護壁と密接に関係しているのであろう。いずれこれらの因子が数値化されるようにでもなれば、それぞれの民族とのつきあい方も変わってくるのかもしれない。

 文化の変容と言語/宗教


 文化と言えば必ず語られる「言語」と「宗教」については、これまで触れることを避けてきた。一般には文化集団を区別するものとして「言語」は大きな役割を果たすものとしてとらえられている。それを否定するものでは無い。だがよくよく言語について考えてみると、言語とはその方向性が文化そのものと同じであると言えよう。精神性の深い部分と結びついて文化集団の基盤を成しながら、いっぽう、表層文化の層にあっては、日々変化を重ねている。同じ文化集団でありながら、もはやはるか昔の祖先たちの言葉は理解はおろか、再現すら出来ないほどに変化してしまっている。全く異なる方向性を同時にもつのである。
 言語は、その文化集団の中核であるが故に、文化と同じ変容を遂げる。従って言語だけをとりあげてみたところで、それは文化全体を語ることに等しい。

 沖縄の人と津軽の人が方言で会話をしても、なかなか意味がお互いに通じ合えないであろう。だが、言語学からいうと、琉球列島はむろん、小笠原列島など日本全体の言語はひとつの「日本語圏」にあるという。つまり同じ言語であると。これが意味するところは、成立した言語は、その文化集団の共通的な精神基盤を表すとともに、その後に土着、分裂、細分化の文化の方向性によって、地域ごとに変化していったと考えられる。それ故、言語については触れることをあえて避けてきたのである。宗教もまた同じ事が言える。


 宗教やイデオロギーは、文化のより深層部にある強固なものとの認識が一般的である。しかし、もう少しよく見ると違った実相が見えてくる。イデオロギーが、人間に経済的な豊かさを実感させうる社会を継続的に維持できなくなったとき、そのイデオロギーが簡単に崩壊してしまうことは、20世紀を経た人類にはすでに自明のこととなった。文化への帰属を、くくりへの同着としてみれば、いとも簡単に変わる可能性のあることは容易に理解される。では、何ゆえに、宗教はかくまでも強固なのであろうか?宗教は個人の自我や意識に深く根ざす根源的なものだから、というのが答えのようである。本当にそうであろうか?宗教には、基礎となる共通の感性など深層文化に根ざすものがあることは否定しない。それでもなお、宗教の大部分は人間の生活様式や行動様式など、表層文化に属するものであると考えられる。

 この問題を考えるのには、文化の変容と他文化の受容、環境からの刺激への文化の反応などを検討することが必要になる。
 深層文化に属するような嗜好や感情傾向、感性のパターンなどは、制度や言語などの表層文化に属するものと比べて、堅牢でなかなか変わらないものである。それは自己の存在を維持しようとする内向きの力でもある。宗教は大部分が本来表層文化に属するものであるから外に向かって拡大していく傾向を内にしめている。拡大した宗教はその新たなる集団の持つ文化の影響を受けて変容し、分派を繰り返すことになる。一方で、その根の一部を深層文化の深い部分に持つ宗教は、宗教という新たなくくりの中で、表層文化と深層文化との相互の連携を深めていく。規律や規範が、感情的態度まで支配することになる。それが、個人の自我の確立に寄与する範囲に留まるなら、何も問題はなく、むしろ精神の安定を諮り、人間の成長を助けるものとなる。だが、現実はそうはならない。

 宗教対立の宿命


 表層文化の違いを理解して対応することは、難しいことではあるが知的認識の助けを借りて行うことが可能である。しかしながら心的プロセスのパターンまで異なる深層文化の領域での差異を認め合うことは、非常に困難をともなう。肌合いとか心持とかの感情や感性による差異の確認が、知的な認識の前になされてしまうからであろう。深層文化の領域の文化的差異は、通常その差異を感得しあうことで、お互いに触れることを避けるのが常である。それは、内向きの力の方向性とも合致している。

 しかし宗教の場合、そこに大きな表層文化が付随しているために、その集団内にとどまることなく拡大を要求する。他の集団が、ひとたびその拡散的傾向と対峙するとき、自らの帰属する深層文化、それはすなわち自己の存在そのものの意識に他ならないが、が侵略される不安と動揺を覚える。それが、ますますお互いの差異をきわだたせ、感情的な反応を惹起する。このようにして文明の対立のもっとも尖鋭的な宗教文明の対立が、国家の枠組みや、経済的な充足性の不平等感に後押しされて、最悪の状態を生むことにつながる。そのとき、くくりへの同着の動的再編は極端に機能不全となる。世界的な宗教とされるものは、その存在自身が、宗教対立を生み出す宿命を抱えていると言えよう。そして、さらに科学という新しい宗教との対立まで加わり、世界の混沌は続いている。

宗教対立