文化
第5章 文化と文明の衝突

生み出された諸問題


 生み出された諸問題



  文化や文明の衝突という視点で歴史をみると、案外よく見えることがある。日本における近代化を推し進めた明治維新についても、同じ事が言えよう。明治維新の功績ばかりが讃えられ、その影の部分が置き去りにされていることについては、日本人の気質の中でかなり詳しく取り上げたので、繰り返すことはしないでおきたい。ただ強調しておきたいのは、明治維新を文化と文明の日本史で見れば、西欧文明の過剰受容がなされ、それが影、負の部分としてその後の日本の歴史に悪影響を及ぼしたことである。
 西欧文明を急速に受け入れ咀嚼して、アジアの中でいち早く近代化に成功した日本。だが、それが行きすぎて、欧米諸国と対等であるかのごとく勘違いし、帝国主義による植民地支配にまで乗り出し、結局は欧米列強と戦うことになってしまったが、これはまさに外来文明の過剰受容である。平等主義の価値観も同様である。平等であることはよいのだが、結果として良い意味でのエリ−ト教育であった武士道教育を放棄したが為に、孤高武士型気質の人材が不足し、集団農耕型気質の人間が社会の実権を握ることで、国の方向性を誤らせていった。

 このツケは、未だに続いている。戦後は、西欧文明からアメリカ文明に乗り換えただけである。
 戦後の奇跡的な復興と、その後の経済的繁栄も一時的な物であり、バブル崩壊後の劣化は、予想以上に日本社会と日本人を劣化させてしまった。それは言い換えれば、過剰受容したアメリカ文明と日本文化の衝突が生み出したものともいえるだろう。


 同化せざる民


 同化せざる民とは


 「まつろわぬ民」という言葉がある。今では読書家か歴史好きでも無ければ、知っている人の方が少ないのかもしれない。漢字で表記されることはまずないが、『順わぬ民、服わぬ民』という漢字が当てられる。もっとも普通の説明では、「大和朝廷に服従しない日本東部の民・蝦夷(えみし、えびす、えぞ)が、まつろわぬ民と呼ばれた」とある。他にも、鬼や妖怪から荒ぶる神、あるいは定住すること無く山地や山里周辺を移動しながら生きていた、サンカ(山窩)と呼ばれるような人々を含めることもある。

 権力を握るものから見れば、統治に従わぬものとして「同化せざる民」も「まつろわぬ民」なのであろう。まつろわぬ民は一般的な人と異なる異形なる物とのとらえ方の他に、同じ集団のなかで日常生活が異なる場合なども含まれる事がある。これから取り上げる同化せざる民は、そのような異なる民族・文化集団の出身者が中心となる。

 日本語は曖昧だと言われるが、裏を返せば含蓄がある、懐が深いとも言えよう。「同化せざる」という言葉は、まさにその典型であろう。「同化せざる」とは、「自らの意思で同化しない」、「同化したくても出来ない」、「同化をさせてもらえない」等に分かれるのだが、そう明確に割り切れる訳ではない。だからこの言葉遣いが便利なのだが、より具体的には次のような人々が考えられる。

  ・国家の枠組みのなかでは少数派の民族、部族の人々
  ・数の上では多数派でも、その社会・国家での実権を持たない民族の人々
  ・国家や民族などのなかで、その集団で普遍的とされるものと異なる思想信条
   あるいは宗教観を持つ人々
  ・難民、流入民、移民の中で「同化せざる」人々
  ・犯罪者や反社会性を持つアウトローと呼ばれる人々

 いつの世にも、どこの社会や集団にも、偏屈な人間(まるで私のような)や犯罪者は存在する。社会になじまない、社会のルールを乱すということでは、同化せざる民なのだが、ここではそれらアウトローなどは脇においておこう。むろん、精神疾患などの病気による者も別である。


 同化せざる民と移民


 その国にあって異なる民族と言えば、少数民族を別とすれば、すぐに思い浮かぶのは移民であろう。が、他にも多くの人々がいる。様々な理由から一時的にあるいは永住的にその国に暮らす人々、出稼ぎ労働者、犯罪目的の者、独裁政治や貧困さらには紛争から逃れてきた難民、留学生、帰化人など実に様々である。その全てに同化せざる民は関わるのだが、話が拡散しすぎてしまう。ここでは、移民的な色彩の強い人に絞って、話を進めることにしよう。

 また同化せざる民が、すべて負のイメージを持つ人々なのではない。個人独裁者であれ軍部や共産党独裁であれ、独裁制の国家において、民主主義など他の政治体制を望む人々もまた、その国においては同化せざる民である。それが多数派である場合や、人類の普遍性に合致する思想信条をもつ場合もある。このような同化せざる民についても、ちょっと脇に置いておこう。
 現在すでに、そして将来さらに大きな問題になるであろう「同化せざる民」。取り上げたいのは、同化せざる民がどのような問題を生じさせているのか、それが文化や文明とどう絡んでいるのか、その点にある。


 ホームグロウンテロ


 ホームグロウンテロとは、その国で生まれ育ちながら、出身集団である祖国や他の思想・心情に共鳴した人達が起こすテロである。海外からのテロリストに対して、中で育った国産テロリストという意味である。移民一世は通常自らは同化を強く求めない民であるが、同化せざる民である事を自覚している。それに対して移民2世や3世は、移民先の文化集団で生まれ育ち、同化を求めたにもかかわらず同化できなかった人達である。この違いこそが、テロなどに走る原因を考える時に重要な要素なのだろう。

 移民の国アメリカにおいても、ホームグロウンテロは存在する。アメリカのボストン・マラソンで起きたテロ事件は典型である。犯人の兄弟はロシア南部の出身で、兄はボクサーを目指していたが途中で挫折し、アメリカの市民権を得ることもできず、次第にイスラムの過激な思想に染まっていたのではないかと言われている。一方で弟はもっと歳が若いこともあり、アメリカ社会によく溶け込んでいたようであるが、兄思いな弟はしだいに思想的に兄に引きずられてしまったのであろうか。
 海外から来るテロリストであれば盗聴や入国監視など様々な手法によって、捉えることがかなりできるものである。しかし元々その国に暮らしその国の中で育った人々がある日突然テロに走る。このようなホームグロウンテロに対しては、その対策を講じることが非常に難しい。なぜならば往々にして自国民を疑うことになるわけであるから、自由や人権との兼ね合いで問題が生じかねないのである。実際この弟はアメリカの市民権も得ていたという。


 ホームグロウンテロは、2005年にロンドンで起きたテロが大きな始まりだと言われている。このときの犯人はパキスタン人で、イギリスに長く住んでいたが、いつの間にかテロリストになっていたと云われる。
 結局ホームグロウンテロを起こすテロリストたちとは、その国に溶け込むことができなかった同化せざる人々なのではないだろうか。はじめから同化しようとしなかったのでは無く、同化しようとしてでき無かった人が多い。単に社会に同化できない人間というのは何処の国でも存在し、それらの人々が時に重大な犯罪を犯すこともままある。同様に移住した先の国に溶け込むことができなかった、同化することができなかった移民が、時にその挫折をその移住先に対し反発する思想や考え方に共鳴することによって、テロのような反社会的な行為に走ることがある。

 2015年以降ヨーロッパを揺るがせた難民問題。難民に紛れてテロリストが暗躍したこともあり、世界中で大きな問題となってしまった。同化せざる民という意味では、移民も難民も同じであるが、一時的な避難先という意識を持つであろう難民と同化との問題は、今後どうなっていくのか、予測はつかない。ただ定住しようとする難民は、移民に他ならないだろう。


 欧州の移民同化政策


 安い労働力として大量の移民を受け入れたヨーロッパ諸国であるが、それは決して移民の文化を受け入れたわけでは無い。それぞれの国は、自国の言語の使用を要求し、自国の文化への同化を求めたのである。それでも移民一世は、自ら望んで来た人が多いために、そのような要求に対しての反発を公に示す事は少なかった。それに対して、二世や三世は、すでにその国で生まれ育ち言語も文化も充分に受け入れられている人々である。にもかかわらず、異なる民族であるという差別によって、自分が同化を許されない民なのだという意識を持ってしまう。それが出身文化への積極的な回帰や、いまの文化への反発となる。このような状況に置ける「同化せざる民」は、同化を許されない民としての側面が強いことを理解すべきであろう。

 ドイツでもフランスでも北欧でも、受け入れた移民や難民が、それぞれの国の言語を習得し、その国の文化に溶け込むことを強制している。言語などによる格差を生じさせないためだと云うことであるが、果たしてそう簡単な話であろうか?法律によって同化を強制させられるのは、日本の朝鮮半島や台湾の日本化政策と同じ意味合いがあり、国レベルであれ個人レベルであれ、強い反発を引き起こす物であることは疑いの余地も無い。同化は、自らの意志で行われない限り、かえって元の文化への郷愁や執着を強めてしまいかねないのである。


 アメリカ合衆国と移民の同化


 アメリカに移民として移住したはずの中国人や韓国人が、反日的な行動をとっていることが問題となっている。本来アメリカに移住して、アメリカ人になったはずの集団がなぜ反日的なのであろうか。それは言うまでもなく、出身国で染まった思想や考え方をそのまま移住先に持ち込んでいるということである。同じように、少し前スパニッシュ系の大量移民の中に、英語がしゃべれないあるいはしゃべろうとしない移民が大量に発生していることが問題になったこともある。
 アメリカによらず、多くの移民を受け入れたのは良いのだが、それぞれの祖国ごとに異なるコミュニティーを作り、それらが共存するような形となってしまった地域もある。つまり移住した先に溶け込まない移民が増えてきているという世界的な問題である。

 中東やアフリカあらゆるところで、民族問題は根深い問題である。それがさらにグローバル化、すなわち人の移動が容易に国境を越えるようになり、小さな民族のるつぼが世界中にできている。そこで問題なのは、それぞれの出身集団の特殊性を超えられずにいる人々である。積極的に同化しようとしない動きが、移民国家アメリカにおいても見られるのである。かって植民地支配において問題となった、民族や文化の対立が、グローバル化によって引き起こされる皮肉な事が始まっている。

アメリカのような広大な土地があると、ここはスパニッシュの街、ここは中国人の街、ここは韓国人の街などと、アメリカでありながら全く異なる国の共和国とでもいうような様相を生み出している。実際この手の問題は非常に根深いと言う事を経験している。40年以上も前にいわゆるシリコンバレーで仕事をしていた時のことである。多くのスパニッシュ系の人々がさらに増えてきた時、白人はそれを嫌ってその地を離れ北上していた。アメリカのような広い国だから嫌なら他へ逃げるという事が可能なのだが、民族のモザイクがアメリカと言う国家の括りでひとつにくくられているうちは問題ないが、それぞれがアメリカ国家と言うよりは出身の民族母体に引きずられるようになったとき、アメリカはまさに分裂の危機を迎える。


 中国人と同化


 中華民族の中でも似たようなことが起きている。本来同胞の集団で有りながら、香港人や台湾人が、嫌中感を示し始めている。一国二制度として、香港は中国に返還された後も、これまでの民主的な体制が容認されてきた。そのなかで、中国本土が経済力を強めるに従い、香港への進出が目立つようになった。本来ならそこで、同化が始まりそうな物だが、香港の人々の一部からは、我々は香港人で中国人ではないとの発言まででてきた。
 非民主的で、言論など多くの規制下にある共産党独裁下の中国本土に、自由を謳歌してきた香港人が染まらないのは当然とも言えるのだが、どうもそれだけでは無く、本土の中国人の粗暴な振る舞いにも、嫌悪感を募らせているようである。文化の違いが異なる民族を生み出しているとも言えよう。(補章「文化(文明)が民族を生む」参照)


 国家への同化拒否


 同化せざる民は、限られた少数の人の問題ばかりでは無い。
 ウクライナのクリミア自治区の住民投票で、ロシア編入への賛成が95%を超え、ロシアは強行にウクライナをロシア領に編入してしまった。欧米は猛反発しているが、これもまた「同化せざる民」のひとつの例である。

 世界の多くの国は、その中に複数の民族を抱え込んでいる。その歴史的な経過や、民族間の関係性、周辺における民族地図など様々な条件により、その国家の一員として同化しない民族集団が存在することも多い。結局、国家という人工的なくくりよりも、民族のくくりのほうが強いという証でもある。グローバル化で、世界はせまくなり国境もなくなりつつあると言われるのは、経済的な活動における話であり、文化的なくくりへの撞着はむしろ強まっているようにすら思える。人類が抱える大きな問題になってきており、これはしばらく続くと見るべきであろう。


 同化をさせない祖国の政策


 ディアスポラ(国外離散者)とは、元々は離散ユダヤ人を指していたが、いまでは、祖国を離れて移住しているが元の共同体の感覚を持ち続け、祖国と文化的な接触を維持している人びとの事をいう。
 中国や韓国が、ディアスポラを最大限利用して反日活動を世界で行っていることは、一部ではよく知られた事実である。それに対して有効な対応策を打ち出せない、打ち出さない日本は、外交無策だけなのでは無く、気質の問題が大きいのだろう。後述するように、日本人は、移住先の集団に同化しようと勤める気質を持つのに対して、中国人や韓国人は、気質的にも、同化せざる民の性質を強く持つ。そのために、日本人はディアスポラの存在や利用を軽く考えてしまいがちなのである。

 ディアスポラを利用しようと考えるのは、中韓だけでは無い。例えば、ミャンマーのアウンサン・スーチーは、まだ国家の特別顧問になる前に来日した際、多くのミャンマー人に向かって演説を行っている。
 その内容は、『世界中どこにいても、ミャンマーの為に何ができるのか、あるいはミャンマーのために尽くしてほしい』ということであった。当時軍事独裁政権が統治するミャンマーから、政治犯として日本へ逃れてきた人々も含めて、海外からミャンマーの後押しをしてほしいと言う言葉は、それ自体正しく崇高でもあろう。だがまったく違う視点で見る時、ミャンマーから日本に移住したミャンマー人が、日本社会に溶け込んで日本のためにつくすのではなく、祖国のミャンマーのために尽くせとは、いったいどういうことなのだろうか。つまり彼らは一時的に逃れてきて日本と言う場所や国を利用しただけだ、と言い放っていることになる。無論、彼女がそのような自覚を持って話をしたとは、かならずしも思わない。だが、ここにも同化せざる民を望むディアスポラ政策が、垣間見える。

 さらには、ミャンマーから逃れてきた人々が、すべてアウンサンスーチー氏との会合に出席したわけではなかった。ミャンマーもまた少数民族問題を抱えており、カチン族出身の人々は、決して彼女を高く評価してはいない。ミャンマーにおけるカチン族の迫害は、政権によるだけでは無くミャンマーの大多数の国民が持つ差別感からなる。その中で彼女もまた、カチン族に対して人道的な擁護をするような発言は一切していないのだ。それは国民の反発を買うことを知っているからであろうが、欧米から民主主義や人権の旗手と讃えられながらも、実態は必ずしもそうではない事は知るべきだろう。それは彼女個人の責任だというのでは無く、同化を許さない多数の人々の存在が、同化せざる民を生み出しているという事実を示している。

 かくして、一時的に移住先を利用するだけという考え方は、まさに同化せざる民であり、今後の世界の紛争をより複雑で過激なものとする危険性をはらんでいる。現地に同化してしまう日本人には理解しがたいがゆえに、日本は間違った外交政策をとることにも成る。歴史をもつ強固な文化と思想教育をされて得た知識という文明は、その存在故に衝突を自ら生み出す事になると知るべきである。

 日本においても在日と呼ばれる同化せざる民の問題が存在している。日本に強制的に連れてこられたのだという話と、終戦後も帰国せず自ら残ったり、逆に新たに来日した朝鮮の人々の方がはるかに多いという類いの話は別にして、すでに日本で生まれ祖国の言語や文化から離れて育った多くの人々がいるのにもかかわらず、未だ彼らは日本への帰化をしようとしない人が多い。差別された歴史から、その後自らのアイデンティティを大事にしているのだといえば、一応納得は出来る。だが、韓国や北朝鮮によるディアスポラ政策の影響と、彼ら自身の遺伝的な気質が、そうさせているとも言えるのでは無いだろうか。感性はすでに日本人に近くなってしまっているにもかかわらず、頭では日本人になる事を拒否する、せざるを得ない。そんな彼らもまた、複雑な同化せざる民なのであろう。


 同化せざる民の疎外感


 同化できない、させてもらえないという疎外感は、その個人の存在を希薄化させ自我を傷つける。それ故に、同化せざる民が同化できる集団を見つけると、例え実際にはそれが幻想であってさえも、自我が確立したような満足感が得られることになる。それほどに人間は一人では生きられないと云うことなのであろう。自分の居場所や存在感を認識できないとき、その虚無感や孤独さは、人間の正常な理性的判断すら奪ってしまう。
 そのために、例えどのような集団であろうとも、自分を受け入れてくれて仲間だと認めてくれる(実際にはそうで無くても、そう思えるように仕向けているのだが)集団への帰属意識は、同化せざる民に心の安定を与える。執着心、現状不満、自己満足、陶酔感、選民感(選ばれたという意識)、優越感、などによって、孤立した同化せざる民は、次第に集団への同化感と引き替えに、自ら精神の奴隷とかしてしまうのである。イスラム過激派ISに参加する移民などは、まさにこの典型なのだろう。

 従って前述のような祖国からの移民や難民などへのディアスポラ政策は、一時的には祖国の役に立っても、人類史としてみれば、紛争の種を世界中にばらまいていることに他ならない。すべての国が、この事実をより認識すべきなのである。


 同化の遺伝子


 むろん同化しない人々にも全く問題が無いわけでは無い。そこには、人間は自我が確立した文化集団から離れても、育った文化の影響からなかなか抜けきれないという問題がある。特にイスラム教圏の人々が西欧文明圏に入ったとき、両文化の違いの大きさからか、なかなか元の文化を変えられない現実がある。同化しやすいかどうかも、その文化集団の遺伝子に刻み込まれているのかもしれない。それは「同化の遺伝子」とでもも言うべき要素であるが、これ以上立ち入ることはしない。

 日本人は、少なくとも他の民族よりも同化しやすい遺伝子を強く持つ集団であるとおもえる。日系人の反日的な言動が目立つが、それこそがその逆説的な証でもある。同化しやすい日本人の遺伝子を持つ日系人は、移民先の国民・民族であると言うことをことさら強調するために、祖国を誹謗中傷するというまれな人々を生み出す。第二次大戦中、日系アメリカ人は、自分たちがアメリカ人である事を証明するために積極的に欧州戦線で戦ってきた。だが、他の民族にそのような集団的な傾向が見られたとの論はあまり見かけない。日本人の同化しやすい遺伝子が果たす役割については、後述したい。


 文化相対主義の落とし穴


 文化相対主義というのは、欧米における文化の直線的進歩論への反省から生まれた概念だとも言われている。人類は、過去から現在まで直線的に進歩を続けてきており、西欧諸国と異なる文化の持ち主は、文明の進歩がまだ西欧に追いついていない遅れたあるいは未開の状態だという認識が一般的であった。そのため、植民地でもその国や民族の文化を認めることが無く、奴隷化や搾取の正当性を裏付ける根拠ともされてきた。
 だが、このような考え方は、選民意識と同じ西欧の傲慢な考え方であり、科学的なものでは無いことは言うまでも無い。その反省から、各国や各民族が持つ文化に優劣は無く、皆同じ文化としての価値を持つ物であるとの考え方が生まれた。遅れているのではなく、独自のあるいは別の文化なのだと認めたのだ。

 この考え方は、一見すばらしい考え方に見えるが、ここにも大きな落とし穴がある。この異なる文化を欧米の絶対的な尺度で見るのでは無く、相対的なものとしてそれぞれの文化をとらえるとき、自分たちの価値観と異なるものをどう理解し、受け入れるのかという問題が生じる。
 例えば豚は殺しても良いが鯨は殺すなと云うように、自分たちと異なる相手の文化を正しく理解するには、相手の文化の中に入らなければ真に理解する事は出来ないと考えられるようになった。だが、果たしてこの事は正しく、また実現可能なのであろうか?
 相手の文化に属してその文化を完全に理解するとは、その文化の持つ価値観や好き嫌いの感性を自ら身につけることに他ならない。そうでなければ、単なる知的なレベルでの理解に終わってしまうのだから。だがそうなると、その人間はすでに元の文化集団の一員ではなく、新たなる文化集団の一員となり、元々の文化の価値観や好き嫌いの感性が理解出来ないことになる。つまり、文化の本質を精神的な基盤や感性にまで掘り下げたとき、全く異なる価値観や好き嫌いの感性を併せ持つことは、多重人格でも無ければ、矛盾以外の何ものでも無い。つまり、実現不可能なのである。

 文化相対主義を唱えるとき、知的なレベルにおける相互理解を可能な限り強化するとともに、異なる価値観や感性を認めるだけの精神的な柔軟性が求められることになる。口で言うのはたやすいが、これは非常に困難な事であろう。その限界をわきまえた上で、さまざまな議論や行動をおこさなければ、結局は相互不信と憎悪の感情だけが生まれることになる。

 さらに文化における習慣でも、例えば食人(カバリズム)のように人類全体の普遍的な価値観とは異なるように思われるものを、どのように考えるのかという大きな問題がある。文化相対主義で、いかなる文化も尊重するのであれば、食人も生け贄も認めなければ成らないことになる。しかしながら、現代人の常識から見れば、これらの習慣や風俗は、文化的後進性の産物と考えざるを得ない。この矛盾をどのように解決していくのか、必ずしも正解は無く、単に新しい文明を受け入れるとこれらの習俗が自然消滅的になくなるという現実があるのみなのだ。
 貴重な例として、一つ取り上げておきたい。アマゾンの奥地にいた裸族の人々を、新しい場所に移して文明と接する形にしたところ、わずか8ヶ月後には全員が衣服を身につけて、裸では恥ずかしいと言い出したのである。裸族の人数が少なかったからなのか、それとも別の理由があるのか、文明に影響される文化の姿がここにあると言えよう。


 国家と民族の衝突


 同化せざる民のところでも、国家に同化しようとしない人々の存在について触れた。
 世界の多くの国々は、先住民族や少数民族という民族問題を抱えている。国家という枠組み自体が、地理的なものに依存した人工的なものであり、民族の枠組みや居住地域と一致していないのだから、当然とも言えよう。さらに欧米の植民地支配が、その後の国境策定に関わり、現在の人工的で不自然な国家のくくりを作り上げてしまった。第二次世界大戦後にも、独立して新たな国家を樹立した地域は世界中に数多くある。
 また人類史としてみても、大陸においては人の移動はたやすく、また多くの国の盛衰が、地域における民族の集合離散を複雑なものにしてきた。加えて、文化のもつ独自化への分裂傾向は、より多くの異なる文化集団(部族や民族)を生み出してきた。
 このような歴史的な背景を見れば、国家と民族とが対立するのは当然とも言えよう。結果、国家はその枠組みを維持するためにより強固な枠組みを保とうとする。独裁的な政治体制が壊れると多くの国が、内戦状態に突入してしまうのもこの為である。緩やかでしかし国家の枠組みを壊さない他民族の集まりをいかに維持していくか、人類がこれからまだ相当に長い期間悩まなければ成らない問題である。世界ではむしろ日本国が例外的な存在であり、常に衝突の危険性をはらむ世界の現状を正しく認識すべきである。