文化
第6章 新しい文明と人類の普遍文明

文明の転換期


 文明の転換期



 現在の世界に影響を与えている文明の限界について述べてきたが、もう一度それらを人類史的にとらえ直してみよう。現在の主要文明の限界とは、現代文明の危機に他ならない。


 文明の衝突から文明の危機へ


 かつて「文明の衝突」という言葉が話題になり、一部からの強い批判もある中、いまも手軽に使われている。イメージを捕まえやすい言葉なのは確かであろう。本稿で定義した文明や文化の定義に従えば、この「文明の衝突」の本質とは、現在世界において多大な影響力を及ぼしている文明と、それらの文明を生み出した文化とは別の文化を持つ文化集団が、その文明を受容する際に起きている自文化との衝突と言い換えることができる。わかりやすく具体的に云えば、キリスト教対イスラム教の衝突は、イスラム文化圏が欧米文明を受け入れる過程で起きているさまざまな摩擦や衝突ということになる。全面的な拒否もまた広義の受容に含まれるのは、現在の世界において経済的な活動ひとつをとっても、完全に欧米文明を排除することなど出来ないからである。

 このような文明と文化の衝突から、さらに進んでより複雑な世界に、人類は進み始めている。それは「文明の危機」の時代である。文明の危機とは、人類が獲得した現在の文明が生み出したさまざまな課題や問題が、人類そのものの生存をも脅かしている状態をいう。
 文明の主要要素たる経済体制でいえば、資本主義・市場主義の経済体制そのものが、格差をはじめとして様々な問題を生み出し、しかもそれらの解決策を見いだせないでいる。効率や成長を重視していても、それが実体経済や社会に悪影響を及ぼさない範囲であればすばらしかったのだが、科学技術の進歩などもあり、高効率化が、雇用の剥奪や成長の鈍化、格差の拡大などの課題を生み出している。実体経済とは直接に関係しない金融市場という市場の創設が、実体経済の規模をはるかに凌駕する化け物のような存在となって、逆に実体経済を脅かしている。まさに、文明の逆襲である。

 自由や平等を元に構築された民主主義という統治機構そのものも、大衆迎合や民主主義を守るために非民主的な力に頼らざるを得ないという矛盾に激しくぶつかっている。民主主義を否定する言動も、受け入れるのが民主主義の基本理念であるが、それも小さな反対の場合に限られる。民主主義に反対するテロをおさえこんでいるのは、民主主義的な方法でも政策でも無く、現実の武力・軍事力である。さらに大衆迎合(ポピュリズム)と呼ばれる愚かな民衆の選択だけでは無く、現状に不満を抱く人々が大多数となったとき、民主主義は自ら非民主的な統治機構等を選んでしまう。全体主義も独裁制も、その多くが、はじめは民主的な方法により選出されている。この愚衆や大多数の不満を解決する手段を、民主主義は内包していない。

 なかでも、最も激しく人類の将来についてまで多大の影響を及ぼすのが、科学技術という文明要素である。この進歩・発展は、すでに人類が制御不能な領域に突入しようとしている。フランケンシュタインという怪物が、生み出した人間の手に負えなくなったのと同じで、文明のフランケンシュタイン化、文明の逆襲、文明の暴走、言葉はさておき、より深刻な時代に突入してしまう可能性が高いのである。
 生まれてから1世紀近くにもなる原子力に関する技術ですら、人類は未だに十分な制御技術を持ち合わせていない。放射能の影響を低減するのは、いまだに「時間」だけである。しかし、いま危険性がそれほどとは思えない分野で、より深刻な影響が予想される分野がいくつかある。
 ひとつは、情報文明と呼べるかも知れない、新しい人工知能(AI)やロボット技術、ネットワーク技術の進歩である。これらの進歩が、現在の人間の仕事の多くを奪い、深刻な雇用喪失を生み出すと予想されながら、逆に新たなる雇用を生み出す動きはほとんど見えてきていない。
 もう一つが、生命科学に関わる技術である。遺伝子の解析程度でとどまっていれば、悪影響も限定的であったろうが、いまや生命倫理の手にも負えない技術が、生み出されてきている。極端に言えば、人間のロボット化は、技術的に可能な時代に入り始めているのだ。この分野の進歩は、歯止めの方法とともに進歩していくのであればよいのだが、歯止めや適正な運用はかやの外状態にある。

 他にも人類の直面している課題として、地球の温暖化とか、貧困、少子高齢化、エネルギー問題など数多くの問題提起が成されている。文明論的に云えば、現在の文明に限界が生じているにもかかわらず、新たなる文明が生まれてきていないと云うことになる。とくに人類全体のなかで、文明の発展段階からみて、極端に異なる段階の文化集団がうまれてしまったことが、混乱をよりいっそう加速させている。先進国と発展途上国というよりも、欧米文明の受容と個々の文化との摩擦が、各文化集団の欧米文明受容の程度の違いを生み出しているのだろう。


 新しい文明のくくりとは



 このように、現在の文明が曲がり角に来ているいま、別の文明がまた勃興してくるのか、それとも、いよいよ人類の普遍文明が生まれて来るのであろうか。政治・統治、経済、社会、科学技術いずれの文明要素においても、その将来像は誰にも描けていない。ただ言えることは、このような混沌とした状況を理解した上で、一歩ずつ歩み続けるしか仕方が無いという事である。次には、それらの近い将来の形を少しだけ見てみよう。