文化
第6章 新しい文明と人類の普遍文明

技術から見た新文明


 技術から見た新文明



 近代科学技術文明は、その限界も露呈しながらも、もはやその歩みを誰も止めることは出来なくなっている。しかも、過去の科学技術発展論は、バラ色の未来を描いていたのに対して、いま予想される将来像は必ずしも人類の幸福を保証しているようには思えない。国家や民族にとって外来文明の過剰受容は、その文化集団にとって必ずしも望ましいことばかりでは無く、多くの問題を生じさせることを見てきた。科学技術文明と人類との関係は、いままさにこれと同じ関係にある。
 近い将来から新しい科学技術文明は、次々と人類に押し寄せ、すでに過剰受容の状況を一部で呈し始めている。それでも、人類はその科学技術の進歩を調和有る形に抑える哲学も技術も社会的なシク水クリも、何も持ち合わせてはいない。

 将来花咲くとされる科学技術は実に多種多様で様々なものが、予想されている。ここでそれらをいちいち取り上げることはしないが、大きなくくりでとらえた科学技術のなかで、今後既存文化や文明との間で摩擦を生じさせるようなものをいくつか取り上げておきたい。


 情報文明の第3段階


 印刷や火薬などの技術と同じく、人類の生活をかえた技術と言えば、コンピュータに代表される情報技術であろう。これはもはや、情報文明の名にふさわしい巨大で人類全体に影響を及ぼすものとなっている。
 この情報文明は、はじめにコンピュータの発明から始まり、次にはインターネットに代表されるネットワーク(コミュニケーションでもよい)が生まれ世界を変えてきた。そしていま、それに続くいわば情報文明の第三段階に入りかけている。

 その第三段階の情報文明の主役とは、人工知能(AI)とロボット技術である。人工知能は、人間の頭脳に代わるもので、ロボットで言えば、その一部分である。だが、これからはロボットのような形態を取らないさまざまなものに組み込まれて、AIであることを感じさせないものになっていくだろう。AIを最大限活用したロボットは、AIであることを感じさせない自然な動きをするものになっていくだろうし、逆にロボットとは呼べないような形状も生まれるであろう。

 これらの技術が、人間を補完する程度の能力であるうちは全く問題にならなかった。だが、すでに一部の能力は人間のそれを上回り、人間に代わって仕事を行えるまでになってきた。いずれ、現在の業種の半分はAIやロボットによって代替され、人間はその仕事を失うという。はたして、人類はAIやロボットを本当に使いこなせるのだろうか?
 AIの行きすぎた発達は、人類を滅亡させる危険性を持つと、警鐘をならす著名な科学者もいる。たしかに一部にある誤った言説には、充分な注意が必要であろう。その誤った言説とは、「人間は単純労働から解放されて、寄り高度な判断を求められる作業に特化できる」というもの。個人的には、この論には明らかな誤りが有ると考える。
 第一に、そんな人間の高度な判断を要求される仕事が、全人類が関わるほど多くあるのだろうかという素朴な疑問、そして根本的なことは、人間の知的能力は千差万別であり、高度な判断力という才能をすべての人間が持つとはとうてい考えられないのだ。実際人類史をみるとき、人類の進歩は、ほんのわずかな人々が持つ特異な才能によって進歩発展を遂げてきている。決して全人類は同じような高度な判断力や、高度なプログラミング能力を持つ人ばかりでは無いのである。


 サイバー空間の現実世界侵食


 情報文明の第二段階までで、すでに我々はサイバー空間という、現実なのか虚構なのか判然としない世界を手に入れてしまった。
 この空間の存在も、人々が楽しく集う段階でとどまるならさして問題はなかった。しかし、AIやロボットの一人歩きが懸念される中、すでにサイバー空間は、人間による支配を離れて一人歩きを始めている。
 例えば、既存メディアは生き残りのためにサイバー空間に落ちている情報を拾って、自らの情報に追加している。テレビで放映されるネットランキングのなんと多いことか。だが、一体そのランキングを誰が、正しいと保証しているのだろうか、誰がその真偽を確かめたのであろうか。「いいね」などのSNS評価すら、発展途上国の人にとっては、割の良いバイトとして一部に定着している。ステルスマーケティングは、すでに本格的に普及しているのも関わらず、未だにその虚偽性を気にも掛けずに、データとして使用する多くの企業や個人がいる。さらに、中国をはじめとする国では、単に自国に不都合な情報を遮断して統制するだけでは無く、他国のサイバー空間でのネット世論形成を国家ぐるみで行っている。これは、中国などのようなくにばかりではなく、先進諸国においても日常的に行われている。インテリジェンス成る言葉を隠れ蓑にして。

 すでにメディアをはじめとして、実社会の一部はサイバー空間によって呑み込まれているのである。サイバー上でのさまざまな犯罪から、サイバー空間を利用した軍事・産業スパイ活動だけではなく、さまざまな洗脳や情報操作に使われている現状は、今後さらに強化されて行くであろう。

 それに加えて、インターネット金融や仮想貨幣などサイバー空間の新たな現実化(現実社会の浸食)が進んでいる。すでに中国では、このインターネット金融のバブルがはじけないかと、戦々恐々としている。  実体経済よりも貨幣経済がはるかに巨大になって、世界の経済に影響を及ぼしているように、サイバー空間におけるサイバー経済が、実態経済を脅かすまでになりつつある。その規模は、やがて現在の金融市場を上回るものになるだろう。

 さらに問題なのは、このサイバー市場は、実際の人間世界と同じで、経済分野だけではなく、やがて統治や社会などの文明要素も特定の方向に制御しようとする方向に進む。すでにネット上での国家による情報コントロールは、その走りに過ぎない。これから先、もっと巧妙で大掛かりなサイバー空間の覇権争いが、世界中で巻き起こるかも知れない。
 このような危機に対して、いまの日本人はあまりにも鈍感かつ無知である。