烈風

核兵器廃絶への現実解は有志国核保有


 現在の核保有国は、核兵器を独占するために新規の核兵器保有を認めない。開発をしようとすれば、あらゆる制裁措置を発動してそれを邪魔する。この時には、核保有国は利害が一致する。この体制が有る限り、いつまでたっても核兵器の全廃には至らないであろう。

 核兵器保有の能力を持ちながら、核廃絶を主張する国は日本だけではないだろう。それらの有志国が集まって、共同で核兵器を保有する。それにより核保有国の核独占を事実上壊したうえで、世界的な核廃絶の交渉を行う。これが、核兵器の廃絶への現実的な道筋なのかもしれない。核保有国が、核廃絶の道を歩まない限り、事は成就されないのだから。一ヶ国では経済制裁を受けて孤立するが、世界の主要国が参加した有志連合であれば、制裁も発動しにくいはずである。

 五ヶ国以上の参加が望ましいであろうが、自前での核兵器開発能力の無い国の参加は、意味を成さなくする恐れがあるので、ここは先進国で技術力を持つ国々になろう。むろん一番大事なのは、本気で核廃絶を考える国であることなのだが。
 現実には、どこで製造しどのように保管し、どのような管理と情報公開を行うのか、問題も多い。危険性も伴うかもしれない。それでも試みようとするだけでも、価値はあると思う。


 未だに国連を理想化している人達は、それこそ国連(国連軍)の役割と言い出すかもしれないが、それは明らかに間違っている。国連の拒否権を持つ国は、みな核保有国なのだから。結局、新たな国の核保有はみとめずに、自分たちの核保有を正当化する枠組みを作られてしまい、むしろいまよりも状況は悪くなるであろう。


 核兵器廃絶に関する日本提案の決議は、今年も国連総会で賛成多数で決議された。これで22回目である。つまり、ほとんど効果がないのである。今年は、昨年よりも状況は悪く、賛成156ヶ国に対して、反対3(中国、ロシア、北朝鮮)、棄権14(米英等)であった。完全に、核保有国と非核保有国に分かれてしまった。

 反対や棄権した国々のなかには、覇権主義が捨てられない国も多い。この現状では、非核保有国がいくら要求しようとも、騒ごうとも、実際に核という強大な軍事力を持つ国が、聞く耳を持つことなどないであろう。ばかげた理想主義や、口にすれば実現するかのような言霊信仰、圧倒的な多数決など、何ら実効性を持っていない事を、再度認識させられたのだ。

 努力をやめろとは言わない、いや続けるべきであるが、現実の国際社会という国家間の権力闘争の場においては、結局はこちらも力を持たない限り、事は進まないだろう。力の信奉は軍拡をエスカレートさせるだけという考え方も、すでに過去の遺物である。そうならない方策を考えるのが、人類の英知なのだから。

 だが、この現実解、中心となるべき日本の国内では、冷静な議論もしないで感情的な猛反対が巻き起こることは目に見えている。なんと哀しむべき事であろうか。


 蛇足ではあるが、個人的には核兵器の技術を人類は保有しておくべきだと考えている。いつの日か、宇宙人との戦争が起きるとしたなら、そこでまともに対抗できる兵器として保持しておくことは、人類の安全保障上は必要である。すこし前なら、こんな話は荒唐無稽として馬鹿にされたが、人間の知識がようやく宇宙を知ることが出来るまでになった現在、多くの科学者は反対しないことだろう。

平成27年11月4日(水)
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