烈風

グローバル犯罪と情報省


 グローバル犯罪というのは耳慣れないですが、その名のとおり犯罪のグローバル化です。経済のグローバル化が、様々な問題を引き起こし、資本主義経済のあり方にまで疑問を投げかける状況になりました。同様にグローバル犯罪は、これまでの犯罪とはまったく異なる様々な要素を持ち、国を挙げて対策に取り組まなくてはならない問題になっています。

 平成22年度版警察白書の特集は、グローバル犯罪です。文字通り、犯罪のグローバル化ですが、これは単に犯罪者が、外国人であるというだけではありません。

 以下に、警察白書から引用してみましょう。

 従前から、短期滞在の在留資格等により来日し、犯行後は本国に逃げ帰るいわゆるヒット・アンド・アウェイ型の犯罪や、地縁や血縁を中核として結合した来日外国人犯罪組織による犯罪等について、警察では、「犯罪の国際化」として、その治安に対する脅威を指摘し、これに対応してきました。
 来日外国人犯罪の情勢は、昭和から平成の初期まで比較的平穏に推移した後、平成3年ころから 検挙件数・検挙人員ともに大きく上昇に転じましたが、17年ころからは減少傾向にあります。

 しかし、最近の事例をみると、国際的強盗団による宝石強盗事件、多国籍犯罪グループによる組 織的な自動車盗・密輸出事件、南アフリカにおけるナイジェリア人組織による身の代金目的の日本人誘拐事件等が発生しており、「犯罪の国際化」の次元を越えた質的な変化がみられ、数字だけでは把握できない治安に対する重大な脅威が現れてきている状況にあります。

 最近の来日外国人犯罪は、単発的な犯罪が目立った平成の初期の状況とは全く異質のものであり、
 (1)世界的規模で活動する犯罪組織の我が国への浸透
 (2)犯罪組織の構成員の多国籍化
 (3)犯罪行為の世界的展開
といった特徴を持ち、より深刻度を増しています。


 要するに、犯罪者の単純な単発的犯行という範疇からは想像できないほど、グローバル犯罪は質的に異なるものであるという指摘です。

 これはそのとおりで、私たちも日々の生活の中で感じていることです。強力な取締り体制を構築しておかないと、日本が犯罪者の天国ともなりかねません。ですが、ここでは、もう少し別の視点から、この問題を考えてみることにします。


 結論を先に言えば、このグローバル犯罪は、犯罪という範疇に納まりきれない問題を数多く含んでいるということです。そのために、警察部門だけが取り扱う事柄ではなくなってきたのではないかということです。具体的な例を引きながら、いくつかの課題を引き出してみます。



(例1)  ネットバンキング(ネット銀行)で預金が不正に引き出される犯罪が相次いでいます。預金者のパソコンに不正にアクセスしてIDやパスワードを盗み出し、預金を別の口座に送金したうえでATMなどで引き出す被害が去年(2011年)から相次ぎ、被害額は先月(2012.05)までに56の金融機関で3億3000万円余りに上り、これまでに現金の引き出し役など中国人13人が逮捕されています。そのなかで、中国・福建省のマフィアが、預金者の口座から預金を別の口座に送金する操作を中国国内から行ったうえで、日本にいる留学生などの中国人グループに指示して、引き出させていた疑いが出ています。

 ■中国マフィアによる組織的、大規模な犯罪
 ■ネットバンクから預金を盗むという犯罪が、外国から実行されている
 ■中国人留学生による現金引き出し(いわゆる出し子)
 ■被害件数も、犯罪加担者も数が非常に多い
 ■マネーロンダリングや違法送金などがたやすく行われている


 この中でも、サイバー攻撃は犯罪以外にも、国の安全保障にもかかわる重大な問題です。すでに国際的には、原発施設や、敵の軍事施設などが攻撃されて、サイバー攻撃はテロの手段ともなっています。となれば、自衛隊や公安などの組織とも連携が必要になってきます。
 また、本来勉強に来ている留学生に犯罪者が多いのも、日本が、留学生の名目で低賃金の労働者を受け入れろとする経済界の要求が、問題の根底にはあります。不法滞在者の取り締まりなどとも絡むことになり、入管などとの連携が必要になります。
 マネーロンダリングや不正送金では、金融庁、財務省関連との連携も重要です。
 もちろん、国外で行われている国内犯罪をどう取り締まるのか、法律の整備、外交なども課題になります。

(例2)  北朝鮮による日本人拉致は、グローバル犯罪であり、同時に国家犯罪です。いまだ、政治が解決できないでいる、戦後日本の汚点のひとつです。曽我ひとみさんとミヨシさんの拉致事件には、日本国内で北朝鮮工作員の手助けをする組織が関与していた疑いが濃厚です。北朝鮮側もこれまでの日朝交渉の中で曽我さんについて、「現地請負業者に依頼、引き渡された」と組織の存在に言及しています。

 ■グローバル犯罪が、国家犯罪である例は今後も増加が予想される。実際、わが国へのサイバー攻撃などは、特定の国が関与しているといわれています。防御は警察だけではできません。
 ■在日外国人が、犯罪の共犯者になる事例が多く見られます。これまでのような法整備では、対応できないでしょう。

(例3)  オリンパスの経営陣トップが、1000億円にものぼる損失を、海外への飛ばしなどによって隠蔽していました。海外のいくつかの国にまたがる大掛かりな隠蔽工作があったからこそ、長い間ばれずに来たともいえます。これも広義のグローバル犯罪になるでしょう。

 ■国をまたがって行われる犯罪をどう監視し、取り締まれるのか、国内警察だけでは解決できません。
 ■不正がネットなどで騒がれていたにもかかわらず、規制当局は見過ごしてきました。この監視、規制をどう整備して実効性のあるものにするのか、大きな課題ですが、警察の外の話です。

(例4)  ナイジェリア人犯罪組織から生カードやカードデータを入手し、クレジットカードを偽造。それを使って、平成18 年ころから約3年間にわたって、家電量販店等から商品をだまし取り換金していました。ナイジェリア人10人、カナダ人1人及び日本人1人の計12 人が逮捕されています。

 ■犯罪者の国籍が多様化する中、語学力をどのように取締りの中にもち込めるのか、大きな検討課題のはずです。自衛隊の予備隊のように、警察もさまざまな専門分野の支援部隊を持たなくてはならない時代ではないでしょうか。

(例5)  モンテネグロ人が、貴金属店に客を装って侵入し、2億8,000万円相当の貴金属を奪い取りました。欧州や中東等、世界各国の貴金属店等を対象に犯行を重ねている、「ピンクパンサー」と呼ばれる国際的武装強盗団の構成員とみられ、犯行後間もなく、国外に逃亡しており捜査中です。

 ■簡単に国外逃亡を許す事例が多々見られます。入出国管理との密な連携が重要です。

(例6)  中国外務省の在日中国大使館の1等書記官が外交官の身分を隠して外国人登録証明書を不正に入手していた疑いがあるとして出頭を要請しましたが、聞き入れず帰国しました。この問題、個人の金儲けや、軽犯罪ならそれほど大騒ぎするほどのことではありません。スパイ容疑がかけられ、実際政府の中枢にいる政治家から、秘密とされる情報が流れていた可能性が出ています。

 ■機密情報ほどの法律が不備。
 ■先端技術の流出や、知的財産の漏洩、流出などは、すでに産業スパイという犯罪の息を超えて、国力の衰退や安全保障とも密接に絡んでいる。



 こうしてみますと、グローバル犯罪は、単に警察が犯罪者を逮捕する、という次元の話ではすまなくなっていることがわかります。とりわけ、海外の様々な情報収集、分析などが重要なか課題です。となれば、やはり、新設すべき情報省の出番ともいえます。複雑に絡み合う事柄を、解きほぐしながら、必要な情報を世界中から入手していく。情報省の大きな役割のひとつであるのは、間違いがありません。

 これからは、単独の部門(省庁)だけで対応できないような問題が、増加していくでしょう。関係省庁が、緊密に連携して活動できるようにしなければなりません。それは政治の役目です。同時に、狭い縄張り意識を根底から壊すような仕組みづくりも重要です。情報省はまさにその試金石でもあります。

2012.07
秋山鷹志