犯罪に脳科学を:
ヤマトは戦争を誘発するのか?
メディア暴力の視聴と攻撃的行動との間には、強い相関関係があることがわかっている。つまり、メディアの暴力的なシーンをみることは、子どもを暴力的にさせ、さらには犯罪に進ませる可能性が明らかに高いということである。その相関関係は、喫煙と肺がんや、アスベスト被爆とがんの関係よりも強固であるという。それゆえ欧米では、子供向けのメディアでの暴力表現を厳しく制限しているのである。
ここで、メディアというのは、いわゆる表に出ているマスコミのことではなく、それらを含めたあらゆる媒体のことをさしている。新聞、テレビ、週刊誌、アニメや漫画、ネット上の動画から、AVなど、すべてのメディア(媒体)である。
この暴力模倣と呼ぶ相関は、1960年代にはすでに研究されていた。その後の科学の発展により、遺伝子(DNA)解析も進み、脳科学や神経科学も飛躍的に進歩した。そんな現状を踏まえて、最近の日本の犯罪状況にたいして脳科学のメスを入れることは、社会福祉の観点からも望ましいことなのではないだろうか。
そこで、いくつかの疑問を取り上げてみたい。
1.暴力シーンの悪影響。日本人ではどうなのか?
メディア上の表現と実際の暴力行為や犯罪との関係性について、日本人を対象とした研究結果を見た記憶があまりない。もし本当に、それらの研究がアメリカなどの研究結果と一致するのであれば、メディアをもっと規制すべきとの意見が強くなっても良いように思える。だが。マスコミをはじめ、その論調のほとんどは、ひたすら表現の自由、報道の自由というばかりで、犯罪抑止についてまともに論じてはいない。
むろん、相関関係があるとはいえ、それは必ずそうなるという因果関係ではないし、個人の環境や文化の違いが影響を与えることもわかっている。であればこそ、なおさら日本人を対象とした学術調査をもっと詳細にしてほしいと思うのだが。
日本の学者がきちんと研究しないのか、研究結果をマスコミがあえて出さないのか、どちらなのか良くわからない。個人的には、両方のような気がするが。
2.性犯罪はどうなのか?
性犯罪者の脳内物質の偏りなどの研究はかなり進んでいるようで、性犯罪者の再販防止のために、いわゆる化学療法を行っている国もある。
強姦(レイプ)のような性犯罪のなかで、最近日本でも目に付くようになってきたのが、幼い子どもを対象とした犯罪である。2012年は、そのトピック的な年になるかも知れない。名古屋では、同じマンションに住む女児を自分の部屋に監禁し、それを邪魔されないために同居している実の父親を殺害するという事件が起きた。東京の大学生は、広島にわざわざ出向いて、人通りのある場所にいる女児を脅して誘拐、カバンに入れてホテルに連れ込もうとしてつかまった。
これらの事件には、ある共通項がある。
ひとつは言うまでもない、幼い女児、すなわち自分より極端に弱いものを対象に選んでいることである。単なる、ロリコン趣味というよりは、自分より確実に弱いとわかる被害者を対象にしているように思えてならない。
もうひとつは、犯人が、ごく普通の人間で、まじめな社会生活を送っていたと周囲に思われていることである。突如として、凶暴な牙をむいた感がある。
さらに、犯人の犯罪に対する罪の意識の希薄さが感じられる。これは、今回の事件だけではなく、最近の事件の多くで感じられることである。
このような現状を前に、話を今回のような女児誘拐型性犯罪に絞ろう。すでに、メディアの暴力シーンと暴力行為との関係は証明されているが、では、メディアにおける、子どもの誘拐、監禁、子どもへの性行為シーンとこれらの実犯罪との関係はどうなっているのであろうか。暴力同様に、明らかな相関関係があるのかどうかの研究は、いったいどうなっているのであろうか?
脳内物質との関係も含めて、これらの犯罪者に対して脳科学、神経科学のメスを入れるべきである。調査さえも人権問題だといってやらせないのは、明らかに身勝手な社会全体の福祉を無視したものである。個人の人権に配慮し、また結果の悪用(差別)を厳しく監視しながらも、もしかしたら、この種の女児性犯罪の抑止につながるものが見つかる可能性もあることを、忘れてはならないだろう。
3.宇宙戦艦ヤマトは、戦争を誘発するのか?
1で暴力シーンと実際の暴力行為との関係について、欧米の研究では明らかになっていると述べた。日本はどうなんだ、と問いかけたのは、ある疑問からである。正直に言えば、日本の人気アニメや漫画には、闘いのシーンは非常に多い。いや、それが中心だといっても過言でないジャンルもある。
だが、これらのアニメなどが、必ずしも悪影響を及ぼしているようには思えないのである。暴力シーンというだけで、暴力を振るうようになるのであれば、日本はもっと酷い状況になってもおかしくないのでは。むろん、今の日本社会には、小さな暴力がいたるところで見受けられるようになっている。したがって、実は、これらが影響しているのかもしれないが、実際のところは良くわかっていないのが本当ではないだろうか。
日本のアニメや漫画の闘いが、必ずしも悪影響を及ぼさないのではないかと考えるいくつかの理由がある。
・勧善懲悪型であること。
・闘いのシーンに絡んで、友愛などが一緒に取り上げられていること。
・ワンピース、犬夜叉、宇宙船間ヤマト、どれもすさまじい戦いなのだが、その設定が、現実世界から遊離したものであること。ゆえに、現実的な世界における暴力と結び付けづらいのではないか?ミラーニューロンの活性化にも違いがあるのではないだろうか?
・単に、影響を受けるような子どもが見ないだけかもしれない。高度なストーリー性があるので、影響を受けやすい子どもには難しいのかもしれない。
このあたりをもっと研究対象として調べてほしいものである。頭の悪い私には、各大学のHPにある研究成果などを見ていても、よくわからない。話がやたらと細かくて、大きなテーマに取り組む姿勢が見えないのだ。これでは、いつまでたっても、欧米の科学技術を全体で凌駕するのは難しいだろうと感じてしまう。がんばって、こういう大きなテーマにも挑んでほしい。
4.閾値理論の研究を深めてほしい
模倣暴力が、強い相関関係にあっても、因果関係でないことはすでに述べた。暴力シーンを見ても、必ずしも暴力的にはならないとするならば、いったい、個人はどこでその一線(閾)を越えるのであろうか。イスラエルでは、都会では相関が見られても、地方では相関が見られなかったという研究結果もあるという。
すでに述べてきたような、最近の日本の犯罪傾向ともよくマッチする仮説と検証を行ってほしい。脳内物質との関係でも、どのような状態のとき、つまり他のどのような心的、身体的状況だと、閾値を越えるのか、その視点での研究がぜひほしい。すぐに暴力に訴えるような傾向と、幼児への性犯罪の増加が意味するところを分析することは、社会をより良くするために必須である。単純な人権主義を振りかざして、犯罪防止の可能性の芽を摘まないでほしいものである。
2012.09.08