烈風

総理大臣が最初にやるべき事


 新しい時代を拓く覚悟を持った人物が総理大臣に就任したなら、まず、最初にやってほしいことがある。北海道にいるアイヌの人々を訪ねて、日本語を公用語にすることの承認を得てほしいのだ。


 少し本題から外れるかもしれないが、公用語とは何かというところから話を紐解いていきたい。
 公用語とは、その国で話されている主要な言語という意味のこともあるが、ここでは言うまでもなくその国において正式な言語として認められた言語(公的共通語)のことである。憲法などで、規定されているのが普通であるが、特に規定がない国も多い。

 2012年5月に海外ニュースで、ウクライナ議会での乱闘が報道された。旧ソ連から独立をしたウクライナの公用語は、ウクライナ語である。しかし、ロシア系住民も多く、ロシア語も公用語に加えるかどうかで、国会議員同士が流血の乱闘にまでなったのである。

 多種多様な言語が使用されているインドの公用語は、ヒンディー語と英語である。インド憲法では、連邦政府の公的共通語として、この二言語を指定している。ただ、英語は1965年で正式な公用語の地位からは降りているとのこと。30もの異なる言語が使用されているインドでは、公用語の指定は非常に重要な意味を持つ。

 フィリピンでは、フィリピノ語(フィリピン語)を国語と定めるとともに、公用語はフィリピノ語と英語と決めている。ただし、英語は暫定的なもので、将来はフィリピノ語だけを唯一の公用語とすることになっている。この例でもわかるように、複数の公用語と国家のまとまり、公用語と国語という問題もある。

 アメリカでは、各州の公用語として英語を指定しているところは多いが、アメリカ合衆国の連邦としての公用語の指定は憲法にはない。そのアメリカが、公用語として英語を規定すべきだという意見が多く出てきている。それというのも、英語を話せない移民が多くなりすぎたことが背景にある。
 さらには、議員に当選したのだが、複雑な英語が理解できないために、議員資格無しとされる例まで出てきている。


 最後に日本である。日本語が国語、公用語ともに規定されていない。その一方で国語は日本語でよいが、公用語を英語にしようとの意見が出てきている。短絡的な愚かさなのか、それとも裏にそういう動きをすすめようとする集団がいるのか。いづれにせよ、言語は、その集団の基本的なアイデンティティや、文化の根幹を成すものであることぐらいは認識していなくてはならないだろう。いまの日本人は、あまりにも世界の情勢や国家の内実について、無頓着、無理解が過ぎている。


 さて、ようやく本題に戻ろう。このような公用語をめぐる世界の動きの中で、日本でもきちんと日本語を公用語と規定する必要があることはお分かりいただけただろう。その際、どうしても避けて通れないのが、アイヌの人々との関係である。我々日本人がどう思うかは別として、世界の中では、彼らは日本における少数民族として認識されている。実際、アイヌの人々への様々な歴史を省みるとき、一方的に日本語を公用語とする気にはなれないのである。すでにアイヌの人々がアイヌ語をほとんどしゃべれなくなり、日本語を使っているのが事実だとしてもである。

 アイヌの人々に同じ日本人として、公用語として日本語を認めてもらうことは、逆にアイヌ語を日本における言語のひとつとして正式に認めることにもつながる。総理大臣になったなら、はじめに訪問するべき地は、外国ではない。アイヌの人々が暮らす地である。


 なお、沖縄の琉球語はどうなのかという意見も出るかもしれないが、沖縄は日本語の一方言であるという認識なので、不要と考えただけである。沖縄の人々がそれには納得できないというのであれば、それは総理大臣が対応を考えればよいであろう。
 いずれにせよ、これは在日外国人の問題ではないので、混ぜて考えるべきではないのは言うまでもない。


2012.05

秋山鷹志