烈風

教育改革:プロの教師を


 教育改革ほど、今の、そしてこれからの日本に必要な事はないのだが、その実現は政治改革同様に非常に困難である。教育に関わる利害関係者が複雑に絡み合い、さらに、今時アナグロとしか思えない、偏った思想の押しつけまでも、未だに存在している。そんな現状で、まずは目につくところから取り上げていこう。

 中学校での武道の必修化、ダンスの導入などで多くの教師が慣れない競技と格闘しているさまが報じられている。同時に、武道、とりわけ柔道で生徒が死亡する事故も後を絶たない。報道によれば、この29年間で、 117名の中学、高校生が、学校の柔道で死亡しているという。危険なのは、柔道ばかりではないが、受身も できない生徒に乱捕りという実践的組み手や大技をかけることが、事故につながりやすい事すら理解されていないのではないだろうか。

 そもそも、なぜ素人の教師が数日の講習を受けただけで、授業を指導したり部活の顧問になれるので あろうか。このことが根本的に間違っている。体育の教師の免許を取れば、すべての格闘技のプロである かのように何でも許してしまう。学校や文部科学省の役人、教育委員会だけではなく、閉鎖的な社会である ことに安住したい教師にも問題があると言えよう。

 ほかの学科であれば、こんなことはやりたくてもまずできまい。英語の教師が数学を教えることなど、普通には ありえない。武道なら、各武道のプロ、それも指導することのできるスキルを持ったプロが教えるべきである。 柔道連盟の協力をというが、協力ではない。逆なのだ。専門家が教えるという当たり前の教育体制を構築 しなくてはならない。それが、結果として、教師という職業の独占性を壊すことになったとしても、それは むしろ望ましいことである。

 首にならない公務員として、好き勝手なことができる教育の閉鎖性にも、風穴を開けるときが来ている。まずは、教師に外部のプロを採用するところから。

2012.05
秋山鷹志