烈風

成 人 式


 成人になる時に現在は、いわゆる成人式が行われます。しかし、成人になることを祝うという建前なのか別に隠れた意図があるのか、正直なところ「成人する=おとなになる」ための心構えを持たせるようなものになっていない、と感じるのは私だけでしょうか?
 祝うということは、媚を売ることでも権利ばかりが与えられることを伝えることでもありません。むしろ、これまでは多めに見られていたすべてのことについて、自己責任がともない社会の一員としての役目を果たさなくてはならないことを意味しています。もしそれがいやだというのなら、どこかほかの国にいくか、無人島にでもいって一人で生活することです。

 そのような大人の自覚を持たせるのは、家庭や教育の役目でもありますが、よりこの問題に的を絞った具体的な 教育内容が必要だと考えます。高校の2−3年時に、社会人となるために有用なビデオ教育をぜひともやるべきだと 思います。(「成人になる教育」参照)

 そのほかに具体的な成人になるための項目として、次のようなものを用意します。

 ・自分の国民番号管理の受諾
 ・国民番号付属口座
 ・DNA登録の更新、または破棄
 ・個人認証の登録


 生まれたときに付与された国民番号の管理を引き受けるというのは、未成年のうちは原則として親がその子供の国民番号を管理しています。それを成人を機に、親から本人に管理を移します。ここからは、自分の国民番号が悪用されたり、個人情報が的確に保護されているかなどは、各個人の問題になります。(「日本国民番号」参照)

 国民番号には、銀行口座のような口座が必ず付随します。特殊な口座で、公的機関からの振込みと本人の引き出ししかできない特殊な口座です。その使用方法などを学んで、以降は本人が管理を行います。

 子供がうまれたとき、個人番号に付属する情報としてその子供のDNAを登録しておきことができます。あまり望ましいことではありませんが、何かのときに役立つかもしれません。登録するかしないかは、親の責任で決定されるべきです。強制や誘導をしてはならないのですから、これらの自由度は、法律に記しておくべきでしょう。
 もし、親がDNA登録をしていたとして、改めて成人した本人が、その登録の可否を決定します。いやなら削除してもよいでしょうし、新たに登録するのもよいでしょう。18年もたてばDNAに関する技術も進歩するでしょうから、継続的に登録しておく場合には新しく登録しなおす方がよいと思います。

 個人認証登録も同様です。個人認証とは、たとえば指紋とか交際とか声紋とか、個人を特定するためのものです。これは、本人が、国民番号を使う際に本人であることを確認するための手段として使用されます。この情報は警察といえども勝手に検索させてはなりません。あくまでも、本人のみの使用、本人確認に限られるべきです。もし身元特定のために個人情報を使用するなら、DNA情報を原則とすべきです。DNA登録がなくて、それでも確認したい場合には、裁判所の承認等、厳格な手続きをきめておくべきでしょう。


 これらの運用方法などについては、その基本的な考え方をきちんと決める事と法律を整備することが、重要です。スウェーデンでは、国民番号はいわば公開されており、誰でもアクセスして、その人の収入などを見ることができるそうです。そのことが、不正防止に役立っているわけです。このような考え方もあるわけです。ここでは、まったく逆に、個人番号等はあくまでも個人のもので、その使用は限定されることを基本の考え方としています。手法としての国民番号の導入を議論するべきではなく、どのような考え方に基づいて国民番号等を使用するのかの議論が求められます。詳細は譲ります。

 いずれにせよ、一連の手続きを自らが行うことによって、成人としての自覚を持ってもらうようにすべきです。むろん、成人する以前から社会人として働いている人もたくさんいることでしょう。それらの人にも、成人式は同様にやっていただきたいものです。


 順序が逆になったこもしれませんが、最後に、成人年齢についてです。
 成人になる年齢を高校卒業の18歳としてよいのではないでしょうか。最近では、芸能界や芸術分野などで、多くの子供たちが活躍しています。なかなか大人になりきれない、未成熟な日本人が増えていることも事実でしょう。だからこそ、早めに大人としての自覚を持たせて、自分の人生を考えさせるべきなのではないかと思います。

2012.01
秋山鷹志