烈風

防衛改革−1


■国の安全保障の現実

 国の安全保障とは、単に軍事的な事柄ばかりではなく、食料・資源・エネルギーなど多方面に渡り自国民の安全と自由とが保障されるものでなくてはならない。その意味で、外交、経済政策など多方面にわたるが、ここでは軍事的な事柄について話をすすめていく。

 戦後、口に「平和」を唱えていれば自国の安全も、自国民の自由も保障されるかのような、おろかな思い込み状態が、日本社会の中で長い間つづいてきた。その間、冷徹な国際政治を無視したおろかな政治家の発言や行動が、その風潮をさらに加速させた。諸外国に対しても、日本に威圧的な行動をとっても日本は何もしないという、誤ったメッセージを発信し続けることになってしまった。そのような状況下で、さらに民主党政権が次々と外交、安保上の失態を続けて、混迷に拍車がかかった。かろうじて外に対する歯止めをはたしていた日米同盟関係までも、ギクシャクとして、三国からは甘く考えられるようになってしまった。

 現代史的に見れば、戦後直後は、アメリカによる徹底的な日本の安全保障体制の弱体化が、推し進められた。しかし、その後の東西冷戦の深化など国際政治の変化にともない、日本に対するアメリカの対応も変化を見せた。にもかかわらず、それ以降も日本の多くの政治家や、官僚、マスコミは、現実世界を無視したまま、安全保障をきちんと考えることすらしなかった。それは今もほとんど変わっていないのだが、長いあいだの無策、無知のつけが、現実的な脅威として身近に迫ってくる、という由々しき事態に立ち至ってしまった。

 北方領土、竹島の不法占拠は、さらにその既成事実化が進むいっぽうで、自国領土である尖閣諸島は何ら実効支配を強力に確立しないどころか、あたかも領土問題が存在するかのような印象を第三国に与えるというおろかな事態を招いてしまっている。しかも、ここにきてさらに状況を悪化させる、相手から見れば優位な状況に近づけるという実力行使が、頻繁に見られるようになってしまった。北朝鮮の拉致問題も進展がない。
 北方領土では、大統領、首相らの訪問が頻繁に行われ様々な施設が建築されている。竹島にあっても、大統領が訪問するばかりか、国際的な承認のために世界遺産への申請なども検討されている。尖閣諸島では、香港からの不法活動家の上陸を許す一方で、日本人の上陸すら認めないという、自らの支配を否定するかのような政策がまったく改められることなく継続されている。あげくに、破壊的な反日デモ(テロ)や、尖閣領海への侵入、経済制裁とあらゆる事をやられるままになってしまっている。

 どうしてこのようなばかげた行動を取る政治家や、官僚、財界人ばかりなのかについては、改めて論じよう。ひとついえることは、国益よりわが身優先を恥とも思わない日本人気質(集団農耕型気質)がそこにはある。太平洋戦争の終結すなわち降伏についても、ソ連参戦やアメリカの原発開発成功などの情報を知っていながら、最高責任者たちはそれを無視して、自己弁護に走っていた。戦後の録音で、当時の外務省関係者たちが、マイクに言い放っている言葉が、そのすべてを物語っている。「ソ連の参戦は、よかったのだ。あれがあったから戦争をやめることができたのだ。外圧があったからだ。ワハハ」わたしは、このような発言を平気でする輩を殺したいほど憎む。

 だが、この実態は、今もかわらない。だから現在のように周辺国から追い込まれた状態になっても、いまだに成すべきことすら考えもしないでいる。まったく同じ構造、同じ思考をする人間たちなのである。


 ここまできたら、外交、防衛をはじめ日本社会のあり方を改革しない限り、将来に明るい展望は開けてこない。だが、時は待ってくれない。外交も政治もまともに機能しない中では、最悪の状況下で安全保障の最後の砦である自衛隊について、少しでも考えてみたいと思う。

■自衛隊の抱える課題

 自衛隊というよりも日本の安全保障における最大の問題は、憲法をはじめとする様々な法規や決め事である。これらが、時代にそぐわなかったり、安全保障を損ねているにもかかわらず放置されているどころか、堅持しろなどという無責任な発言がまかり通っている。まさに、安全保障の放棄である。安全保障は、何も軍事力だけではなく、食料や資源・エネルギーさらには環境そのものも含まれてくる。安全保障を軽視することは、自らの生存や生活環境をも軽視することになる。が、ここでは、あくまでも自衛隊にかかわる部分で話をすすめていく。

☆災害出動

 2011年の東日本大震災では、自衛隊の活躍が国民に広く知られるようになって、これまでの言われなき自衛隊たたきをしていたマスコミ等も、その活動を認めないわけにはいかなくなってしまった。反面、かっては自衛隊出動をためらっていた地方自治体の首長たちが、災害時にはすぐに自衛隊出動を要請する、という問題も出てきている。これは自衛隊というよりは、地方自治体の問題なのだが、災害時の自衛隊の出動に際して、活動の範囲や期限などをきちんと決めておくべきである。

 自衛隊の大きな任務としては2種類のものがある。ひとつは、いうまでもない、軍事的な防衛出動である。もうひとつが、この災害時出動である。各地の消防団の高齢化、少人数化などやむを得ない事情もあるのだが、自衛隊の最大の任務は、防衛出動であり、災害出動はやむを得ない場合などに限定しておく必要がある。自衛隊の人手不足も深刻な状況だからである。防災省(消防はこの下に入る想定)、警察、など関係する部門との密接な協力体制を構築して役割分担を明確にすることで、人命救助に最適な仕組みを作っておくべきである。

 災害出動では、自衛隊はその装備を生かした支援のほかに、情報の早期収集と伝達などで、より高い貢献ができる体制をととのえるべきである。その経験は、防衛出動でも生かされる。
 また、サリン事件時の防衛医大等の支援や、福島第一原発事故での化学防護隊など、通常の対応が不可能なテロや災害への対応体制を充実させておく必要がある。たとえば、飛行機が原発の上には絶対落ちない、などとは言えないのだから。後にまた述べる。


☆災害時の治安出動

 東日本大震災の被災地などでは、警察力が手薄となり、地域住民などからは、自衛隊に対して地元の治安維持を望む声が出された。しかし、現在の治安出動はあくまでも防衛任務のひとつであり、総理大臣による命令がない限り、治安維持活動はできない。苦肉の策で、わざと遠回りをして無人の街を見回るなどの方法で対処した。

 簡単に治安出動を自治体の首長が自衛隊に要求できるのも問題をおこしかねないので、災害出動の中に治安維持の任務を加えるか、あるいは総理大臣が災害時治安維持命令を出せるようにして、地域と期間を限定して行えるようにすべきであろう。


☆危機管理能力

 日本の危機管理の不備、というかもはや無能さとしか表現できない現状には、開いた口がふさがらない。そのなかで唯一といってよく、危機管理への対応能力があると思われるのが自衛隊である。が、その自衛隊の危機管理も万全だとは言い切れないような気がする。  戦争など武力行使を伴う極度の危機状況における自衛隊の実力は、果たしてどれほどのものなのであろうか?

 限られた予算、人員のなか、さらには多くのばかげた法的、政治的規制によって思うに任せない状態での任務遂行なのは十分に承知しているつもりである。国民は、政治家を動かして一刻も早くこのばかげた状況を脱却させねばならない。だが、それでもなお、厳しいことを言わざるを得ない。何せ最後の砦である。想定外だの、今回はちょっとミスだのという、いいわけはまったく通用しない世界である。

 軍隊や安全保障の専門家でもない素人の私がそう思うのは、いわばさまざまな状況証拠の積み重ねとでも言うものによる。あえていくつかの疑義を並べてみよう。

 ・日米同盟はよいのだが、あまりにも自主性がなく、アメリカに頼りすぎていないか?
 ・自国を自ら守るという強い決意と実行の意志が、いわゆる幹部以上に希薄ではないか?
  別のいいかたをすれば、戦前の日本軍同様に、官僚化してしまっていないか?
 ・ハードと体力重視で、ソフトや頭脳がおろそかにされているのではないか?
 ・外交と軍事の関係を含めて、軍事的戦略と戦術を学んでいる幹部がどれだけいるか?
 ・情報やインテリジェンスに対する総合的な対応がほとんどなされていない。
 ・陸海空の共同対処能力不足。縦割り官僚組織が残っている。
 ・海洋・諸島防衛能力不足。貧弱すぎる海軍力。
 ・さらに具体的な項目では、以下のようなものが考えられる。
   −人的な誤り(ヒューマンエラー)を前提とした仕組みになっていない。
   −システマチックなものの考え方ができていない
   −ハードそのものばかり重視して、その運用が脆弱。
   −レーダをはじめとして、敵検知能力が低い。
   −実戦経験がないためとは言え、想定外が前提でなければならない(なにが起きる
    かわからない)のが、武力紛争であるとの心構えが一部でできていない。
   −事態の正確な把握と分析力がない。柔軟な対応がとれない。
   −情報の重要性に対する認識が不足している。
   −上官の管理、監督機能がきちんと機能していないのではないか。


 ほかにも根本的な問題はありそうだが、なぜ、このように考えるのか、その詳細は別にゆずるが、福島第一原発事故では、次のような点が眼についた。

  −個人端末に正しい情報が通知されていない
  −避難用バスを運転手一人で運転しているなど、行動基本があやまり。
  −通信手段が各部隊、各個人間で確保されていない
  −避難させる道具(車両等)が不足、貧弱、準備不足。
  −基地そのものがやられることを前提としていない。
  −有事の住民避難が想定されていない。
  −有事想定が不足。これまでなかったから。
  −避難時、建物の中の状況を確認していない。医師が残っていたのを知らない。
  −実戦経験の不足。闘いはいざ知らず、災害対応は経験できるはず。
  −戦場意識の不足と経験の共有の課題。
  −圧倒的に人と設備が不足。法律も未整備。


☆装備と能力

 素人の私が思うもので、的はずれと叱られるかもしれないが、外からこう見えるという一つとして。

  −海洋大国の防衛体制不備。
  −情報収集能力不足。
  −柔軟性不足(即応力、輸送力、支援体制力)。
  −燃料・弾薬等備蓄不足。
  −国産兵器不足。
  −(当然ながら)実践力不足。
  −新しい時代への適応力不足。
  −頭脳戦力不足。
  −特殊防衛力不足。
  −陸海空サイバーの複合的な部隊運営。
  −諜報部隊の充実は喫緊の課題。
  −領海全域の直接防衛体制の整備。
  −海峡の効果的な封鎖方法の実施と装備や防衛を強化する。
  −陸の部隊を領土のいかなる場所にも、速やかに展開できる輸送体制の整備。
  −民間との共同行動を含めた体制。


 むろん、これらの責任は防衛省自身というよりも、時の政権にかかわった政治家や官僚の問題が多いのだが、それでも、防衛省内部で、これらの課題にどれほどの答えを用意しているのかが問われるのだ。

(続く)
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