烈風

    野の花を摘む少女がいる社会


 いましがた、アパート前の公園でひとりの少女を見かけた。まだ小学校低学年位 で有ろうか。熱い陽ざしの中、腰を下ろして何か一生懸命やっていた。よくみると あたりにたくさん生えている花の中から、きれいなものを選んで摘んでいた。

 彼女の名誉の為に言っておくが、アパートや公園管理者が植えた花ではない。 とってもとっても生えてくる雑草、たくましい花々の中から摘んでいたのである。


 実は、こういうシーンに私は弱いのだ。普通の人ならほほえましいとか、かわいい とか、感じるだけなのかもしれない。だが、私はそれに加えて、特別な感情が わきおこってしまう。それは、少女の純真無垢な姿への、ある種の感動である。

 大人になるにつれて、次々と忘れていく純真さ、純粋さ。これこそ日本人の感性の 原点のひとつだと私は確信している。私の中にわずかに残る、日本人の純粋性を求め てやまないDNAが、そんな感情を呼び起こしてくれているのかもしれない。

 物質的欲望におぼれ、自己中心の傲慢さに気づくこともなく、恥を忘れて平然と している多くの日本人。願わくば、このような純真さを大人になっても失うこと がない日本人がふえて、もう一度日本の社会を作り直してくれる事を信じたい。

 野にある花をそっと摘む少女の姿が、当たり前に見られる社会。それはもはや夢なのだろうか。

2012.6.30
秋山鷹志