On草子

ラブコメ 一緒に死んでよ

ラブコメ

最終章 ふたたび(前編)

 敬介は年末年始の休みに、薫とどこか海外旅行でもしようかと考えた。しかし、休み
が短い、正月を薫とふたりでこの家で迎えたかったなどの理由からやめてしまった。な
かでも一番大きな理由は、なんと言っても例の薫の心中癖であった。旅先での騒ぎを心
配したのだった。
 薫は身よりもないひとりぼっちだが、敬介は両親こそ他界していたが、正月に訪ねる
親戚がないわけではなかった。しかし婚約前の薫を連れて行くのもはばかられるし、さ
りとて薫一人にはしておけなかった。いや敬介のほうが、もう離れてはいられなかった
のだ。
 妹の由美の事も気にはなっていたが、まだ相手の男性と分かれたことを知らない敬介
は、むしろ連絡するのを遠慮していたのだった。そんなこんなで結局、ふたりきりの正
月を楽しむことにした。

 大晦日、十二時少し前になると、窓の外からかすかに鐘の音が聞こえてきた。
 除夜の鐘とともに、ふたりは揃って町内の氏神様に参拝しようと出かけてきた。
 すでに多くの参拝者が狭い境内に列を作っており、その列は参道の外の道にまで長く
続いていた。列に並んでしばらくしたところで、あちらこちらから「おめでとうござい
ます」という言葉が聞こえ初めて来た。年が明けたようである。敬介と薫も向かい合っ
て、お互い小さく頭を下げると「おめでとうございます」と挨拶を交わした。
 年は明けたが、列の方はいっこうに進む気配がない。生来気の短いところがあるふた
りは、号を煮やして列から離れてしまった。道の反対側から、神社に向かって参拝を済
ませると、それで良しということになった。その帰り道、敬介が薫に話しかけた。
 「何をお願いしたんだい」
 「ないしょ」
 「おしえてくれよ」
 「敬介こそ何お願いしたの」
 「もちろん、ふたりの健康と幸せを祈ったよ」(本当は、ふたりが無事に結ばれます
ようにって)
 「抽象的だな」
 (すごいこと言うな)「じゃ薫は具体的に頼んだのか?」
 「もちろん」(まだ食べたことのないおいしい料理を、今年中に五つ。それにコマネ
チを二本、いや一本でいいや。ついでに、敬介には惑星探査の『はやぶさ』のプラモを)
 「ふ〜ん」なんとなく、わかったようでわからない敬介だった。
 「お賽銭、もうかったね」薫が軽口を言った。
 「ちゃんと、あとで今日の分も入れるから」敬介がまじめに答えた。
 「なんだ、それならもっとお願いすれば良かった」どこまでが、本気なのか良くわか
らない薫だった。
 それにしても、日本人と神様との関係は面白い。面白いなどといっては、不敬かもし
れないのだが、どうにもおおらかとしか言いようがない。せいぜい百円程度のお賽銭で、
家族の健康から、彼氏、彼女の希望、さらに幸せまでお願いしてしまう。これでは、神
様もたまったものではないと思うのだが、そんなことで目くじらを立てる神様はおられ
ない。お願いした方も、お礼まいりはするが、叶わなかったからと文句を言う人はまず
いない。
 この自然体でおおらかな関係こそ、日本の神の真理なのであろう。日本人は、このこ
とを感性で会得しているのだ。それゆえ、無理に理屈や論理でいいくるめようとしても、
それは結局、その人たちが日本人的な感性が乏しい事をさらけですだけに終わるのだ。
 薫の自由でおおらかな明るさは、日本の神々も笑って見守るような存在であった。

          ○

 夜が明けて元旦の朝。
 敬介と薫、ふたりが同じ屋根の下でむかえる初めての正月であった。なんとなく気恥
ずかしい敬介に対して、薫はまったくいつもと変わらない。いつものイスに腰掛けたの
だが、今日は珍しくほかに客がいた。タヌちゃんと行方不明だったテスタロッサだ。ど
ちらもおとなしく、テーブルの上に座っていた。子供ができたらこんな感じかなと、気
の早い敬介であった。
 おせちは相談の結果、料亭のおせちを宅配で注文しておいた。お雑煮は薫が東京風に
つくってくれたので、敬介には何も違和感がなかった。薫の料理の腕は確実に上がって
いた。よい奥さんに成れるなと、敬介はそちらばかり考えていた。
 遅いお雑煮のあと、薫は珍しくすぐに自分の部屋に入ってしまった。
 しばらくすると、はなやかな笑い声が聞こえてきた。敬介は気になって、ドアの前ま
で行ってみた。例のごとくすこし開いたドアの隙間から、確かに人の話し声が聞こえて
きた。テレビなどではなさそうである。薫が誰かと話をしているようだ。いかに敬介で
も、勝手に部屋に入るわけにもいかず、ドアの前で聞き耳をたてていると、とつぜんド
アが開いた。
 「どうしたの?」そこにいた敬介に少し驚いたようだが、
 「入って」と声をかけた。
 薫は、敬介を部屋の中に導くと、パソコンの前のイスに座らせた。うながされるまま
に、パソコンのモニターを覗くと、そこには知っている顔が映っていた。
 「お兄さん。あけましておめでとうございます」
 ギョッとする敬介に画面の向こう側から話しかけてきたのは、去年まで同居していた
妹の由美であった。
 反射的に、「あけましておめでとうございます」と答えたものの、まだピンと来てい
なかった。
 まさか薫がパソコンでテレビ電話をしていようとは思いもやらなかった。ましてその
相手がこともあろうに、妹だったとは。
 由美の攻勢が始まった。
 「お兄さん、私に隠し事があるでしょ」
 「え、なんのことだ」
 「いつのまにか、私に兄弟ができていたのね。お兄さんには新しい妹が出来たみたい
ね」
 「いや、それは・・・」
 「私が薫さんの事、知らないとでも思っていたの」
 「いや、紹介するつもりで、ついつい、のびて・・・・」
 しどろもどろになる敬介の横で、薫がにやにやしていた。どうやらふたりはかなり前
から知っていたようだと、ようやく敬介は気がついた。

          ○

 話は昨年の夏の終わりにまでさかのぼる。
 「ピンポーン」インターフォンが鳴った。
 敬介は、休日出勤で家にいなかった。薫は「はーい」といいながら、モニターを覗い
てみた。若い女性が映っていた。
 「どうぞ」エントランスのロックを解除しながら、誰かなと薫は考えていた。
 しばらく待つと、今度は玄関のインターフォンが鳴った。それをたしかめてから、玄
関に急いで行った薫は、そのままドアを開けた。
 背のすらりとした、背中に届く長い髪の女性が立っていた。お互いになんとなく軽い
会釈をすると、女性の方が先に口を開いた。
 「失礼ですけど、あなたは?」
 この家に慣れているような話しぶりがしたので、薫は思わず答えてしまった。
 「妹ですけど。敬介の」
 「妹さん?」女性は眼を丸くした。
 「はい。どうぞ、お入りください。いま敬介はちょっと出ていますけど」
 リビングに通された彼女は、なつかしそうに部屋の中を見回してから、ソファーに腰
をおろした。
 「あのう」薫が恐る恐る口を開いた。
 「あ、私も妹です。敬介の妹の由美です。よろしく」
 こんどは、薫がびっくりした。
 「敬介の彼女ではないんですか?」
 「あなたこそ。本当は兄さんの・・・」
 「わたしは、この家の居候です」元気な、いや大胆な居候であった。
 由美は思わず噴き出してしまった。
 「居候さんですか。私はまた、兄が新しい妹でも作ったのかと思いました」
 すっかり軽口になっていた。これでふたりは、ずいぶんと打ち解けてしまった。

 由美は、薫より二つほど年上であったが、それでも同世代である。持参したケーキを
食べながら、薫と敬介のなれそめやら、ハチミツのうんちくやら、話は尽きなかった。
その様子からは、本当の姉妹といっても疑われないかもしれなかった。
 由美は、薫が来るひと月ほど前に、この家を出ていた。彼氏ができて、そろそろ独立
したくなったのが理由だった。もっともよくある話で、その時の彼とはすぐに別れてし
まった。
 由美は、それでも真面目な兄が女性を住まわせるなんて、と初めは不思議だった。い
ろいろと話をしているうちに、この女性ならわかる気がすると、そんな風に思いはじめ
ていた。
 ひとしきり、ふたりで楽しいおしゃべりの時間を過ごしたあと、由美は薫に言った。
 「そろそろ失礼します。今日私が来たことは、兄には内緒にしておいてくださいね。
そのうち、とっちめてやるから」
 手を振って元気に帰っていく由美を見送りながら、薫は自分にも家族が出来たような
幸せな気分を味わっていた。

 彼女とちょうど入れ替わりに敬介が帰ってきた。何も言わないところをみると、どう
やら由美とは会わなかったようである。
 敬介が部屋に入ると、薫はあわててテーブルの上のカップなどを片し始めた。
 皿が二つ。
 「誰か来ていたの?」敬介は何気なく聞いてみた。
 「別に誰も」
 なんとなくよそよそしい空気を感じたのだが、それ以上深くは追求しなかった。だが
心の中では、(まさか、誰か男でも連れ込んだのでは。いや、薫に限ってそんなことは)
などと、疑惑が黒雲のように湧き上がっていたのだった。
 しかしいくら薫を注意深く観察してみても、隠しごとをしているようには見えない、
いつもと変わらない態度だった。敬介はそれ以上疑うことをやめにした。薫の笑顔が、
それを支えてくれていた。

          ○

 話を正月に戻そう。
 テレビ電話の向こうから、由美はまだ敬介をいじめていた。
 「マンションの人には、薫さんを妹だといったようだけど、本当は将来の私のお姉さ
んでしょ?私より若いお姉さんだけど」
 いやはや、女性は話をどんどん進めてしまう。たしかに敬介も、薫との将来を考えな
いわけではなかったが、具体的な結婚話にまでは踏み込んで考えていなかったのだ。
 さんざん嫌味やら何やらをいわれて、ようやく解放された敬介はおおあわてで薫の部
屋を逃げ出した。
 
 (今年はきちんとしなくてはな)と、とんだところで年頭の誓いをすることになった
敬介だった。
    
                           [ 最終章前編 終わり ]