民話・童話

こっくり地蔵と月のだんご(前篇)


 忙しかった。もちつきで大忙しだった。月では、年に一度のもちつきで、ウサギたちが大忙しに動き回っていた。あるウサギは、蒸し器から炊き上がった米を手早く運んでいっては、つぎつぎと臼に投げ入れていた。臼は、岩を削ってくぼみをつけた大きなものから、一人でも持ち運べそうな手軽なものまで、大小さまざまなものがあった。それぞれの臼には、数匹のウサギが取り囲むようにへばりついて、石や木でできたキヌをついていた。どのウサギもみな目を真っ赤にし、耳をぴんと立てて、忙しく働いていた。十分に粘りの出たおもちは、熱いうちに一箇所に運ばれて、だんごにまるめられていく。

「イタ!」

 水桶を運んでいたウサギが何か硬いものにぶつかって、声を上げた。

「お地蔵さん、またこんなところにきて・・・」

 戦場のように忙しい持ちつき場の真ん中に、いつのまにか、のんきな顔をしたお地蔵さんが突っ立っていた。それを見ていた他のウサギたちも次々に声をかけた。

「お地蔵さん、邪魔しないでくださいよ」

「あとで、特別においしいのを作りますから、ちょっと待っててくださいね」

 言い聞かせるように、そういわれたお地蔵さんは、うなずいたのか、それともいつもの居眠りなのか、二度ばかり頭を下げた。そして、いつのまにかいなくなってしまった。

「あ、もう時間がないぞ。急げ」

 誰ともなく言うと、ちょうど真下にある地球に明るい朝の光が差し込んでゆくところであった。

 ウサギたちは、まだ湯気が出る突き立てほやほやのおもちを、まん丸にまるめて、片っ端から、地球の明るい場所を目指して、投げ落としていった。



 年に一度、お月様がまん丸で最も大きく見える日、月から地球めがけておだんごが落ちてくることを、このあたりで知らないものはいなかった。人も獣も、この日は夜のうちに外に出て、皆、朝日が昇るのをじっと待ち構えていた。月から降ってくるおだんごは、おいしいだけでなく、それを食べると病人は元気になり、怪我もたちまち回復する不思議な力を持っていた。そこで、普段は仲の良い村人達も、このときばかりは、ひとつでも多くおだんごを手に入れようと大騒ぎとなり、もめごともよくおきていた。

 山の奥深いところでは木々が豊かに茂っているためにかえって、月からのおだんごは拾いづらかった。というのも、鳥や、木登り上手なサル達にとられてしまい、地上までほとんど落ちてこなかったのである。そこで、山里の村はずれ、小高い岡や山すそが切れた平坦な地に、多くの人が出向いていた。さして広くもないところに大勢の人が詰め掛けたため、足の踏み場もない有様であった。

 少しずつ夜があけて、薄ぼんやりとした明かりがあたりを包み始めると、平地では、月を見上げる人々で異様な雰囲気になっていた。陽光の差し込むのにあわせるかのように、月から白いものが降ってきた。どーっとあがるどよめきとも歓声ともつかない叫びは、日頃はおとなしい村人が、このときばかりは乱暴で利己的な人間にかわってしまう、始まりの合図でもあった。次々と落ちてくるおだんごをめがけて、人々は先を争って手をのばし、相手を突き倒し、足蹴にしていた。

 そんな、人々の様子をみている一人の少女の姿があった。なぜか、彼女はおだんごを手に入れようとはせず、ただ人々の様子をじっと見ているだけであった。そのうち、頭を抱えるように、路地裏にしゃがみこんでしまった。



 大勢の人が月を見上げている村のはずれに、ひとりの少年の姿があった。見るからに貧しそうな身なりの良太は、病気がちの母親を抱えて、山里に暮らしていたが、どうしてもも月のおだんごを母親に食べさせたいと、真っ暗なうちに里近くまで出かけてきたのであった。彼もまた、落ちてくるだんごを拾うとして必死であった。しかし、なかなか月からの贈り物を拾うことができなかった。たまに落ちてくるだんごを直接受け止めても、すぐに横から誰かに横取りされてしまうのである。しまいには、皆に押されて倒され、とうとうそのまま気を失ってしまった。

 気がつくと、もうあたりには誰もいなかった。月も、先ほどまでのにぎやかさがうそのように、薄暗いぼんやりとした輝きを見せているだけだった。良太は、ようやく起き上がって、着ているもののほこりを払おうとしたとき、倒れた自分の身体の下敷きになっていたのであろう、平たく伸びたおだんごがひとつ、服についているのを見つけた。大事にそれを手にとってみると、まだつきたてのような暖かさがあり、両手で丸めてみると、元と同じまん丸なおだんごによみがえった。

 それを着物の胸の奥に大事にしまうと、喜んで家路を急いだ。

 帰る途中で、路地裏にうずくまったひとりの少女にであった。みすぼらしい身なりからしても、見るからに空腹で動けないのであろうことがわかる。彼女もきっと、月のだんごを取り損ねたひとりなのだろう。かわいそうだとは思ったが、良太もおだんごがひとつしかなく、しかも、それは家で待つ病気の母のために苦労してやっと手に入れたものであった。心にやましさを感じながらも、彼女のそばを、息を凝らすようにしてそっと通り過ぎようとした。彼女のすぐ脇を通りかかったとき、突然彼女は顔を少し上げて、良太を見た。その眼は媚びることも、ひもじさを訴えることもない澄んだ瞳だった。おだやかで、それでいて心の奥底をみすかされるような瞳の深い輝きから逃れるように、二三歩通り過ぎた良太は、歩みを速めた。

 しばらく行くと、立ち止まって、それからゆっくりと彼女の前に戻ってきた。懐から大事なだんごを取り出し、だまって彼女に差し出した。びっくりした顔で、彼女は良太の顔を見つめるばかりであった。良太は、彼女の手をとるとだまって、おだんごをのせて、そっと両手でにぎらせた。

「でも・・・・」

 悲しいほどに透き通った声だった。

「ぼくは、さっきたくさん拾って食べたから」

 自分でも驚くほどはっきりした声で告げると、良太はそのまま、振り向きもせずに歩き出した。

「ありがとう。ほんとうに・・・」

 こんどは、かすれるようなか細い声だった。その声を背中で聞きながら、良太は、目頭をぬぐっていた。それが、何のための涙なのか、良太自身にも良くわからなかった。ただ、無性にやりきれない行き場のない怒りのようなものと、穢れを知らない悲しいまでの清らかさと、誇らしげな自分と、幾重にも折り重なる感情の織りが、心の中に渦巻いていた。

 そんな良太が、もしこの時振りむいていたら、きっとびっくりしたことであろう。路地裏に少女の姿はなく、先ほど良太が少女に上げた月のおだんごを、重ねた両手の上にのせたお地蔵さんが立っていた。

(そんな、つもりはなかったんだが)お地蔵さんは、そうつぶやくと、おだんごを両手に握り締めて、またそこから消えてしまった。



 良太は、とぼとぼと頼りなげな足取りでようやく家にたどり着いた。しかし、明かりの漏れる窓のそばから家の中を覗き込むようにして、入るのをためらうばかりであった。ひとつ大きく息を吸い込み、少し背筋を伸ばすと、ようやく入り口の扉に手をかけた。

「ただいま」

「おかえり。寒かっただろ」

 珍しくベッドからはなれていて顔色もよく見える母が、小さな木のテーブルにすわるように彼を促した。

「あの。ごめんなさい。おだんご拾えなかったんだ」

 母の悲しそうな顔を想像し、節目がちにそうつぶやいた。それには答えずに、母は、棚の奥のほうから何か大事そうに持ち出してきた。

「おなかがへっただろ。さあ、お食べ」

 色の磨り減った小さな皿には、小さな白いものがのっていた。間違いなかった。あのどうしても手に入らなかった月のおだんごであった。ただ、良太が拾ったものより幾分大きくてつやもある。その中にひとつだけ、少しいびつになったものが混じっていたのだが、良太はまったく気がつかなかった。

「どうして」

 不思議そうな良太に、母はやさしく言い聞かせるように話を始めた。

(後篇に続く)

秋山鷹志

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