民話・童話

こっくり地蔵と月のだんご(後篇)


 良太がだんごを拾いに出かけたあと、気分がいつもより良かった母は、寝床から抜け出して、部屋のかたづけをし、それから窓のそばにあるイスにすわって、ぼんやりと外を眺めていた。窓の外に時折ちらつく白いものを見ながら、少し前の出来事をぼんやりと思い返していた。



 その日、少し体調が良かった母は、自分で薬をもらいに外へ出て、村の中ほどに有る医者に向かった。いつものことながら、医者は混んでいて、薬をもらってようやく医院を出たときには、外の天気もいっぺんしていた。先ほどまでと違い、季節外れの雪がちらつき、冷たい北風が容赦なく吹き付けていた。自分の体で、薬をかばうようにして、家路を急いだ。村を出て山のふもと近くに来たとき、あたりはかなりの雪となっていた。いかに体調が良かったとはいえ、歩くことさえやっとの身体に、この寒さはこたえていた。少し休もうとしたのか、力尽きたのか、曲がり道で両膝を地面についてうずくまってしまった。

 ふと、人の気配のようなものを感じた母は、顔をあげて、雪の中に目を凝らした。すぐそこの四つ角には、お地蔵さんが祭られている。このお地蔵さんは、いつもこっくりこっくりと居眠りをしているので、村人は、「こっくり地蔵」と親しみを込めて呼んでいた。そのお地蔵さんがあろう事か、いつも収まっている囲いから抜け出て手招きをしていた。わが目を疑い、何度も目をこすったのだが、確かにお地蔵さんが、自分の堂からでてきて、代わりに入れと手で合図をしている。あまりのことに呆然とする彼女に号を煮やしたのか、お地蔵さんは、彼女に向けて手をかざした。その手をひるがえして、そのまま自分がいた堂の中に向けた。 

 気がつくと彼女は、地蔵堂の中にいた。堂とは名ばかり、単に、お地蔵さんの周りを粗末な板塀で囲っただけのものである。扉ひとつあるわけではなく、とても雪よけになるようなものではないのだが、中に収まってみると、まるで見えないガラスに囲まれているかのようにあたたかく、雪も風も吹き込んではこなかった。それどころか、なにか、おだやかで暖かな、不思議な力に満ち溢れた空間であった。そこにいるだけで、身体全体に力がみなぎり、幸せな気分になっていくのが感じられた。

 いつしか、居眠りをしてしまったのであろうか、はっとして気がつくと、外はすっかり雪もやみ、夕暮れが山すそにまでかかってきていた。彼女はあわてて、堂を出た。堂のすぐ脇では、お地蔵さんが、相変わらず何事もなかったかのように、こっくりと居眠りをしていた。その両肩や身体には、まだ雪が残っていた。母は、その雪を丹念に払い落とし、着ているもので、お地蔵さんの身体を拭いてきれいにした。お地蔵さんを堂の中にお戻ししようとしたが、とてもそれは無理だった。そこで起きてもらおうとしたが、いくらゆすっても、お地蔵さんは、おきてはくれそうにもなかった。しかたなく、彼女は、自分が身に着けていた、ミノと傘をお地蔵さんに着せると、両手を合わせて、深々と頭を下げた。



 翌日、母親からその不思議な話しを聞いた良太は、さっそく、山すその地蔵堂に行ってみた。お地蔵さんは、何事もなかったかのように居眠りをしながら、ボロボロの板塀にかこまれて鎮座していた。両手をあわせて、ねんごろに礼を言うと良太はそこを立ち去った。その時、お地蔵さんの足元にミノと傘が置かれているのを、良太は気がつかなかった。



 母がそんな事をおもいだしていたとき、窓の外を誰かが通りかかったような気がした。たちあがって、窓の外をのぞいてみたが、人影は見当たらなかった。

「トントン」

 戸をたたく音がした。こんどは、本当に戸口に誰か来たようであった。戸をあけてでてみると、やはりそこには誰もいなかった。きょろきょろとあたりをみまわしたが、何も見えなかった。戸をしめようとしたとき、戸口に置かれているものがあるのに気がついた。それは、お地蔵さんにかけてやったミノと傘であった。なにげなく傘をもちあげてみると、ミノの中に、大事そうにおかれているものがあった。月のおだんごである。母は、それを人に見られないように隠しながら、いそいで、家の中に持ち込んだ。それから、反対側の窓にゆき、外を覗いてみた。遠くのほうにあのお地蔵さんの後姿があった。おもわず、両手を合わせて合掌し、再び眼を開けたときには、すでにその姿はなかった。

 母は、お地蔵さんのくれた月のおだんごを、大事に戸棚の奥深くにしまいこんだ。誰にも見つからないように。そして、良太の帰りを待ちわびたのであった。





 一方、月では、年に一度の大役を終えたウサギたちが集まって、宴を開いていた。そこで、お地蔵さんの話も出てきた。

「いつも居眠りばかりしているから、お供えものはとられちゃうし」

「せっかく、特別においしいおだんごを作って差し上げているのに、お地蔵さんは、また他人(ひと)にやってしまった」

「ほんと、しょうがないよね」

「お地蔵さんにとっては、おいしいおだんごを食べるより、人間の暖かい気持ちを見るのが何よりの楽しみなのさ」

 ウサギ達の敬愛をこめた話はつきそうにもなかった。そのころ、地球の地蔵堂では、相変わらずのんびりと居眠りをしているお地蔵さんの姿があった。



  《作者注》月からおだんごが降ってくるアイデア(ストーリー)は、記憶が正しければ、毎年夏休みになると小学校の校庭で開かれた、上映会でみた映画のなかにあったと思います。なにせ、昔のことですから定かではありませんが、ここに記しておきます。

                                     (了)

秋山鷹志

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