民話・童話

こっくり地蔵と冬童子(ふゆわらべ)


 冬になると、津軽半島に北の海から吹き寄せる風は、時に猛吹雪となる大変に厳しい風である。それでも、子供達は今日も元気に遊んでいた。

 この冬、最初の本格的な雪が降った日の午後の事であった。学校を終えて帰ってきた子供達が、村はずれの原っぱに集まり、雪だるまをつくったり、雪合戦をしたりして元気に遊び回っていた。

 わずかに舞う雪など気にもせずに、無邪気に遊ぶ子供達の様子を、すこし離れた所からじっと見つめている眼があった。いがぐり頭の小さな童子(わらべ)であった。昔物語の映画にでも出てくるような、つんつるてんの絣(かすり)の着物に、これまた少し袖の短いどてらのようなものを羽織っていた。くりくり頭と同じまん丸の顔に、大きな丸い目が輝いていた。

 その場所は、山からの吹き下ろしが渦を巻くとりわけ寒さの厳しいところで、風に翻弄(ほんろう)される雪でさえ凍(こご)えて見えるような山裾であった。そんなところで、じっと立ち尽くす童子(わらべ)は、いかにも仲間に入りたげな様子で、子供達の遊ぶ姿を熱心に眺めていた。

 はるか遠く、西の山に陽が傾く頃、さすがに元気な子供達も、ようやくお互いに別れの言葉をかわしながら、それぞれの家路を急ぎ始めていた。


 それまで、黙ったままじっと見つめていた童子は、真っ赤なホッペを夕陽でさらに赤くしながら、子供達が立ち去った後の場所まで歩いてきた。残されていた作りかけの雪だるまをいじってみたり、雪の塊を投げては、一人で手をたたいて喜んだりしていた。だが、それもすぐに飽(あ)きたのだろう。

 「つまんない。友達がほしいな」

 ぽつりとつぶやくように言うと、童子(わらべ)は子供達が帰って行った方へ、またとぼとぼと歩き始めた。

 村へと続く道の途中で、このあたりでは珍しいかまくらを見つけた。やはり、子供達がつくったのであろうか。道から入った所に、小さなかまくらが、少しゆがんだ口を開けていた。童子は、小さな身体をさらに小さくして、中に潜(もぐ)り込んだ。奥に入ると、入り口の方を向いてちょこんと座ってみた。誰かが忘れていったのであろうか、わら馬が床に転がっていた。それを大事そうに取り上げると、奥まった所の少し平らな部分で立てかけるようにして立たせてみた。それから童子は、しばらくかまくらの中で正座をしていた。


 入り口深くに差し込んでいた西日が消えた頃、童子はかまくらからゆっくりと出てきた。

 山の方に向かって歩き始めた童子(わらべ)の身体に、冷たい風が容赦なく吹き付けていた。だがそんな風を気にもせず、ただとぼとぼと歩き続ける童子だった。時々立ち止まっては、月明かりの空を見つめていたが、しばらくすると何もいわずにまた歩き出した。山に近づくにつれて、あたりには雪がかなり積もっていた。山奥に入る道の分かれ道まで来たとき、曲がり角で童子は立ち止まった。奇妙なものが眼に飛び込んできたのだ。

 石のお地蔵さんであった。山を背に立つお地蔵さんは、吹き付ける雪で、首から下が埋もれていた。

 このお地蔵さん、近くの村々の人々からは、『こっくり地蔵』と呼ばれていた。というのも、いつ見ても眼をつぶって、こっくり、こっくりと居眠りをしていたからである。春の暖かな日はもちろん、冬の寒い日でも、お構いなく一年中、こっくり、こっくりと居眠りをしているのだった。

 そんな事など知るよしもない童子(わらべ)は、顔だけ雪の中から出して、それでも、こっくり、こっくりと居眠りをしているこっくり地蔵を、不思議そうに見ていた。

 時々吹き付ける強い風で、雪が顔全体にまで降り積もって来た。童子は慌(あわ)てて駆け寄ると、こっくり地蔵の顔についた雪を両手で払った。

 「お地蔵さん、お地蔵さん。起きてよ。埋もれちゃうよ」

 童子は一生懸命に呼びかけるのだが、こっくり地蔵は気持ちよさそうに居眠りをしていて、起きそうにもなかった。童子は、こっくり地蔵が雪に埋もれてしまわないように、ちいさな手で、必死になって顔のあたりの雪をふり払い続けた。

 その時、白い風がヒューという細いうなり声をあげた。次第にそれは高まり、地吹雪のような鈍い音があたりに響きわたると、一陣の竜巻が上空から舞い降りてきた。こっくり地蔵のすぐ上あたりの空中に、雪の渦がとどまり、なかがうっすらと透けて見えていた。人影である。まさに雪の精と呼ぶにふさわしいような、美しいが厳しさを持った女の姿がそこにあった。きらめく絹のような光沢をした打ち掛けのような白い着物を着ていた。そのあでやかで、氷の彫像のように整った姿は、見るものをたちまち虜(とりこ)にしてしまうのに充分な美しさであった。

 一瞬、風の音がやんだ。代わりに声がした。それも意外な言葉が。

 「坊や、いつまでも遊んでいないで、早く帰ってくるのよ」

 姿だけではなかった。透き通るように美しい声が、あたりに響いた。それだけ言うと、女の身体は、また舞う雪の中に紛れて虚空に舞い上がった。

 童子は、その雪の渦に向かって、叫んだ。

 「ねえ、どうしたら雪を消すことができるの」

 「雪が消えたら、坊やも死んでしまうのよ」

 それきりであった。静けさの中で、竜巻のような雪の渦が天空高く舞い上がっていった。



 翌朝は、昨日の雪が嘘のように晴れ渡っていた。  強い陽ざしが地上のすべてのものを照らし、積もった雪をあちらこちらで溶かし始めていた。

 「ああ、よく寝た」

 こっくり地蔵は、大きな伸びをすると、眼を大きく見開いた。まぶしい朝日に眼をしばたいていたこっくり地蔵は、ふと自分の足下をのぞき込んだ。そこには、小さな雪だるまが、強い陽ざしで溶けかけていた。それをみたこっくり地蔵は慌てた。

 「いかん。これはいかん」

 急いで足下に残る雪をかき集めると、溶けかけている雪だるまにつけてやりながら、こっくり地蔵は言った。

 「ちょっと待っていなさい」言いながら、身体を回転し始めると、そのまま空高く登ってどこかに飛んでいってしまった。

 しばらくして、こっくり地蔵は、とある急峻な山の斜面の上空に浮いていた。

 「おーい」こっくり地蔵が、山に向かって声をかけた。

 すると、山の反対の沢の奥から、竜が顔をのぞかせてこっくり地蔵の方をみた。

 「ひとつもらっていくよ」

 こっくり地蔵の言葉には何もこたえず、竜はそのまま引っ込んでしまった。

 「ありがとう」言いながら、急いで山の斜面に降り立ったこっくり地蔵は、そこにある大きな岩に自分の頭をぶつけた。

 「ゴツン」とすごい音がした。

 「イテッ」なおも数回、岩に頭をぶつけた。すると岩の一部が割れて、あたりに飛び散った。散らばった岩のかけらの中に、キラリと光る半透明な白色に淡い緑色をした石があった。

 「よし」自分に言い聞かせるように言うと、その石を拾って、また空に舞い上がった。

 「もらっていくよ〜」と言いながら、こっくり地蔵はその場から飛び去っていった。


 こっくり地蔵が、元の場所にもどって来ると、雪だるまはさらに溶けていた。慌てて、その雪だるまの胸のあたりに持ってきた石を埋め込んだ。

 「これで大丈夫。もう溶けないよ」

 雪だるまに見えた童子(わらべ)が大きく息をして、眼を開けた。

 「お地蔵さん」

 その顔を見てほっとしたこっくり地蔵は、またまた空中に飛び上がると、北の方に向かって両手を合わせて何かつぶやいてから細く息を吐いた。しばらくすると、またあたりが暗くなり、吹雪のような雪の渦が上空に現れた。
 中から、あの美しい雪女が姿を現した。童子(わらべ)は慌てて駆け寄ると、雪女の着物の裾にしっかりとつかまった。母親の顔をみあげてようやく安心したのか、かわいい笑顔を見せた。それからもういちど、こっくり地蔵を振りかえった。

 「お地蔵さん、ありがとう。またね」

 童子の胸にぶら下げたヒスイが、光り輝いて辺り一面に光の渦ができていた。舞い散る雪の結晶の一つ一つに、その光が吸い込まれていった。

 雪女はこっくり地蔵に向かって軽く会釈をすると、たちまち地吹雪があたりをつつんで、その姿をかくしてしまった。あとには、童子の声だけが響いていた。

 「さようなら」

 「やれやれ」

 またひとつ伸びをして、元の姿に戻ったこっくり地蔵は、いつものように、こっくり、こっくりと居眠りを始めた。その頭を雪が優しくなぜていた。


              終わり

秋山鷹志

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