PSYCHOLOGY & BRAIN SCIENCE

権力を失った脳は、元に戻るのか

――傲慢になった政治家の「その後」を考える

1.権力は、失ったあとまで続くのか

政治家が権力を持つと、なぜ傲慢になるのでしょうか。

これまでのページでは、権力によって自己効力感や支配感覚が強まり、他者の意見を受け入れにくくなり、自己正当化が進んでいく過程を考えてきました。

しかし、ここで一つの疑問が残ります。

問題が発覚し、周囲から激しく批判され、ついには辞職に追い込まれた政治家の、その後はどうなるのでしょうか。

権力を失えば、傲慢さも消えるのでしょうか。それとも、一度身についた「権力者の思考」は残り続けるのでしょうか。

さらにその先には、辞職した政治家が再び立候補し、ときには再当選するという問題があります。ここまで考えると、政治家の自己制御だけでなく、有権者の自己制御まで視野に入れる必要があります。

権力は、失われても循環の中で再び与えられる

政治家個人だけでなく、周囲と有権者を含めて見ると、問題の構造が見えてきます。

政治家の権力と有権者をめぐる循環 権力を持つ前、権力を持った後、追及、辞職、再立候補、有権者の六段階が循環する図 権力を持つ前期待・志・自己像 権力を持った後自己効力感・支配感覚 追及防御・自己正当化 辞職権力喪失・自己像の揺らぎ 再立候補再出発か、再現か 有権者評価・投票・再付与 自己修正 「なぜ自分はそうしたのか」 を見つめられるか

実線は権力と政治的立場の循環。点線は「自己修正」が途中に入る可能性を示しています。辞職そのものが変化を保証するわけではありません。

2.なぜ、問題が発覚しても辞めないのか

普通に考えれば、問題が発覚する → 自分の責任を認める → 辞職する、という流れになりそうです。しかし現実には、そう簡単ではありません。

「事実と違う」「誤解されている」「そんな意図はなかった」「仕事のために必要だった」「辞めるほどのことではない」など、さまざまな説明が始まります。もちろん、本当に事実関係が違う場合もあります。

心理学的に興味深いのは、自分の地位が脅かされたとき、人間の自己防衛が強く働くことです。

政治家の地位には、社会的地位、権限、注目、人脈、情報、自己効力感、「自分が社会を動かしている」という感覚などが結びついています。したがって辞職は、単なる職の喪失ではなく、場合によっては「自分は何者なのか」という自己イメージそのものが揺さぶられる出来事になります。

3.権力を持っている時と、攻撃されている時

権力を持っているとき、人間関係の力の方向は「自分 → 周囲」になりやすくなります。自分が判断し、指示し、評価し、人事を決める。

ところが問題が発覚すると、それが「周囲 → 自分」へと逆転します。

権力の側

判断する、指示する、評価する。自分が状況を動かしているという感覚が強くなります。

追及される側

議会、職員、市民、報道、支援者などから、自分の行動を評価される側になります。

心理的な逆転

「自分が世界を評価する」状態から、「世界から自分が評価される」状態へ変わります。

それまで「自分がコントロールしている」と感じていた世界が、突然、自分を評価する世界に変わる。これは大きな心理的変化です。

4.「反省」より先に「防御」が出る

人間には、自分の行動を反省する能力がある一方、自分自身を守ろうとする能力もあります。そのため、強烈な批判を受けたとき、必ずしも最初に反省が起こるとは限りません。

「自分は悪くない」→「相手にも問題がある」→「周囲が騒ぎすぎている」→「自分は市民のために仕事をしてきた」

このように自己正当化が強化されると、外部からの批判が強くなるほど、「自分を守らなければならない」という心理が強くなることがあります。

5.権力を失えば「権力者の思考」は消えるのか

ここで誤解してはいけません。権力を持ったからといって、脳が永久に壊れるわけではありません。人間の脳には可塑性があり、環境が変われば考え方や行動パターンも変化する可能性があります。

しかし、権力によって身についた「認知の癖」は、権力を失っただけでは簡単には消えない可能性があります。

長いあいだ「自分が決める」「自分の判断が正しい」「周囲は自分に従う」「自分が一番事情を知っている」という環境にいた人が、翌日から完全に普通の感覚に戻るとは限りません。

残る可能性があるのは権力そのものではなく、権力を持っていたときの思考習慣です。

前頭前野などが示された脳地図

元画像にSVGオーバーレイを重ね、前頭前野付近を示しています。ここでいう「権力者の思考」は、特定の脳部位が壊れるという意味ではなく、経験や環境によって形成される認知・行動パターンとして考えます。

6.反省には「深さ」がある

「反省した」と言っても、同じ意味ではありません。

  • 第一段階――敗北:「追い詰められたから辞める」
  • 第二段階――後悔:「こんなことになってしまった」
  • 第三段階――反省:「自分にも問題があった」
  • 第四段階――自己理解:「なぜ自分は、あのような行動をしたのだろう」
  • 第五段階――自己修正:「次に同じ状況になったら、違う行動をする」

最後まで進んで初めて、反省が将来の行動につながります。

7.最も重要なのは「自分を見る自分」

ここには、これまで考えてきた自己修正能力が関係します。

「私は部下に反論されると、すぐに腹を立てる」→「なぜ腹が立つのだろう?」→「自分の権威を否定されたように感じるからだ」→「権威を否定されることと、相手の意見が間違っていることは、本当に同じなのか?」

このように、自分の反応を一段上から観察できると、自己修正が可能になります。これは政治家だけに必要な能力ではありませんが、大きな権力を持つ人ほど重要になる能力でしょう。

自己修正の核心:「自分が何をしたか」だけでなく、「なぜ自分はそうしたのか」を観察し、その理解を次の行動に変えられるか。

8.再立候補は「再出発」なのか、それとも「再現」なのか

辞職した政治家の中には、再び選挙に立候補する人がいます。一度は大きな批判を受け、辞職した。それなのに「もう一度、政治をやりたい」と考える。

これは必ずしも悪いことではありません。人間には再出発する権利があります。一度失敗した人が反省して再び社会に貢献することもあります。

問題は、「その人が本当に変わったのか」です。

変化が見えにくい場合

「私は悪くない。周囲に潰された」という認識のまま、再び権力を求める。

反省が見える場合

「自分の行動には問題があった。なぜそうなったのかを考えた」と説明できる。

自己修正まで進んだ場合

「同じことを繰り返さないために、こういう仕組みを作る」と具体的に行動を変える。

したがって有権者が見るべきなのは、謝ったかどうかだけではありません。「自分の失敗をどう理解しているか」です。

9.それでも再当選してしまうのはなぜか

ここからは政治家だけではなく、有権者側の心理が関係します。

  • 知名度
  • 過去の実績
  • 所属政党
  • 地域との人間関係
  • 支援者からの情報
  • 対立候補への反感
  • 「この人しかいない」という思い込み
  • 過去の印象

さらに、一度支持した政治家について「自分は間違った人を支持した」と認めることには心理的抵抗があります。

政治家の自己正当化だけでなく、有権者の自己正当化まで起こる可能性がある。

「あの政治家を支持した」→「問題が発覚した」→「でも、あの人にも良いところはある」→「他の候補者よりはましだ」→「やっぱりこの人でいい」。人間は、自分が過去に行った選択を簡単には否定したくないからです。

10.政治家の心理 × 組織 × 有権者の心理

ここまで考えると、政治の問題は「悪い政治家 → 悪い政治」だけでは説明できません。

政治家の心理 × 周囲の組織 × 有権者の心理

政治家が傲慢になる。周囲が忖度する。本人がさらに「自分は正しい」と思う。問題が発生する。周囲から批判される。本人が自己防衛する。辞職する。再立候補する。有権者が過去の問題を十分に検証しない。再当選する。再び権力を持つ。そして以前のパターンが再現する。

この循環が成立してしまえば、同じ問題が繰り返されます。

11.必要なのは「政治家の自己制御」だけではない

これまで考えてきたのは、政治家自身が自分を制御できるかという問題でした。しかし、ここまで来ると、もう一つ必要になります。

有権者自身の自己制御

怒りだけで投票しない。人気だけで投票しない。知名度だけで投票しない。「昔から知っているから」だけで投票しない。

逆に、「一度失敗したから、永遠に許さない」という判断もしない。

過去の行動を冷静に評価し、現在の本人が本当に変化しているのかを見る。それが有権者側の自己制御です。

12.失敗した政治家を、すべて排除すればよいのか

それも必ずしも正しくありません。人間は失敗します。政治家も人間です。

重要なのは、失敗したことそのものより、失敗から何を学んだのかでしょう。

「自分は権力を持つと他人の意見を聞かなくなる」と認識し、「だから今度は異論を聞く仕組みを作る」と行動を変えるなら、以前とは違う政治家になっている可能性があります。

反対に、「自分は悪くない」という認識のまま再び権力を求めるのであれば、再発の危険性を慎重に考える必要があります。

13.最後に判断するのは、有権者である

政治家は選挙によって権力を与えられます。つまり、権力者を作っているのは、最終的には有権者です。

政治家が傲慢になる。その政治家を周囲が止められない。そして問題が発生する。それでも有権者が「まあ、この人でいいか」と再び権力を与える。

そうなれば、政治家本人だけを責めても問題は解決しません。民主主義では、有権者の判断そのものが政治を作っているからです。

有権者が見るべき三つの問い

  • その人は過去の失敗を、責任転嫁せず説明できているか。
  • なぜ問題が起きたのか、自分自身を分析できているか。
  • 次に同じ権力を持ったとき、何を具体的に変えるのか。

14.権力を持った脳は、元に戻れるのか

最初の問いに戻りましょう。

戻れる可能性はあります。しかし、「辞職したから戻る」のではありません。

重要なのは、

  • 自分はなぜ傲慢になったのか
  • なぜ周囲の意見を聞けなくなったのか
  • なぜ問題を認められなかったのか
  • なぜ権力を失うことを恐れたのか
  • 次に同じ立場になったら、どうするのか

という自己観察ができるかどうか。そして、それを行動に変えられるかどうかです。

権力そのものが残るのではなく、権力を持っていたときの思考習慣が残る可能性がある。だからこそ、自己観察と自己修正が重要になります。

15.「権力は人を変える」のではなく

もしかすると、より正確な表現は、

「権力は、人間の中にあるものを増幅する」

なのかもしれません。

自己効力感が強い人は、さらに強くなる。支配欲が強い人は、さらに強くなる。他人の評価を気にする人は、地位を失うことをさらに恐れる。

そして自己修正能力の高い人は、「自分は間違っているかもしれない」という感覚を持ち続けることができます。

だから、権力そのものよりも重要なのは、権力を持った自分を、自分自身が監視できるかどうかなのかもしれません。

結び――政治家と有権者、二つの自己制御

権力を持った人間が傲慢になる。問題が起こる。それでも辞めない。追い詰められて、ようやく辞職する。

ここまでは、政治家本人の問題に見えます。

しかし、その後に再立候補し、再び当選するとなれば、問題は政治家一人のものではなくなります。

そこには、政治家の自己制御と、有権者の自己制御という二つの問題があります。

人間は、権力によって変わることがあります。しかし、人間には変わった自分を見つめ直し、修正する能力もあります。

だから「一度権力を持った人間は、もう元には戻れない」と決めつける必要はありません。ただし、「辞職したから、もう大丈夫」とも言えません。

本当に見るべきなのは、その人が自分の過去をどう理解し、そこから何を学び、次に同じ権力を持ったときに何を変えるのか。

そして、その判断をするのは、私たち有権者自身です。

政治家が自分を制御できるか。有権者が自分の感情や思い込みを制御できるか。この二つがそろって初めて、権力の暴走を繰り返さない民主主義に近づけるのではないでしょうか。