On草子
紅菊



秋  扇


   遠い 遠い はるかかなたに追いやられた 
   思い出の切れはしが
   何もない 空洞の心に ぽつり と浮かんだ
   忘れられた秋扇を広げ そっとさしだす
   切れはしは 金色に輝く流水のただなかに 
   流れるでもなく とどまるでもなく そこにある
   不意の衝動が とじさせる 乱暴に

   切れはしは もういない ただ空っぽの心に
   ふつりあいな季節の置き忘れ
   身じろぎもせぬ時節(とき)に
   むなしさと悲しみが漂い 空っぽの心を
   満たしていく 
   ゆっくりと ゆっくりと
   すべてが満ちたとき それはまた空っぽに
   知らん顔して

   やりきれない静寂に 秋扇は静かに開かれる
   切れはしがいた
   軽い安堵と嫉妬のなか もてあそぶように
   それはあおる
   舞うこともなく 飛び去ることもなく
   ほんのわずかの身震いと 微笑を残して
   それは去った

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