世界を斜めに眺め続けてきた著者が語る、常識と毒と未来への姿勢。
学生時代から、著者はよく 「お前はクールじゃなくてコールドだ」 と言われてきました。
氷点下扱いはどうなのかと思いつつ、まあだいたい合っている──と著者は語ります。
世の中を斜めに見てきたのは事実。しかしそれは反抗ではなく、 斜めの視点 のほうが効率が良いからです。
真っ直ぐ見ても歪んでいるなら、最初から斜めに見ておいたほうが合理的──著者らしい冷静な分析です。
常識を信じてこなかったのも反抗ではなく、常識が 「思ったより脆いガジェット」 だと知っていたからです。
壊れやすいものは信用しない──これは生き物として自然な防衛反応だと著者は語ります。
令和版として本書を書き直したものの、反省も反動も劇的な気づきもなかったと著者は述べます。
常識の毒について語るには、 常識の内部にいる必要はない からです。
著者はずっと外側にいた。その位置から見える風景を文章にしただけ──という静かな自負が滲みます。
本書のどこかに「これは確かに毒だな」と感じる箇所があるとしたら、 それは読者の中にあった疑念が著者の言葉で可視化されたにすぎません。
常識は時代の気分で動き、毒はその隙間で育ち、人は気づかないまま飲み込む──しかし、 毒は気づけばただの現象 になります。
本書は紙の本であり、その内容を抽出して箇条書きにしたものがHP本、 さらにハイパーリンクなどを加えたものがWeb本です。
著者はこれを 未来の書籍を先取りしたもの と語ります。
オン草紙(秋山鷹志のホームページ)で確かめてほしいとのこと。 アクセスされても収益は一円も入らない──それが著者のささやかな誇りだといいます。
未来の常識がどう変わろうと、著者はこれからも世界を斜めに眺め続けるでしょう。 その方が見通しがよく、なにより疲れないからです。
令和8年2月11日──静かな余韻を残す締めくくりです。
この最後の部分は、 エンディング音声 としても相性が良いでしょう。