第二部 食料文明国家構想(食が作る新しい日本)
経済成長神話の終焉
― なぜ成長だけでは幸せになれなくなったのか ―
はじめに
戦後の日本を支えた最大の原動力は、経済成長でした。経済が成長すれば、
給料が上がる
生活が豊かになる
税収が増える
社会保障も充実する
誰もが幸せになれると信じられていました。
実際、その考えは長い間正しかったのです。
しかし現在、経済成長だけでは解決できない問題が次々と現れています。
なぜなのでしょうか。
高度経済成長という奇跡
1950年代から1970年代にかけて、日本は世界史上でも例を見ない速度で成長しました。
工場が建ち、道路が整備され、家電が普及し、所得が増えていきました。
多くの日本人が初めて
テレビ
冷蔵庫
洗濯機
自動車
を手にしました。成長は確かに人々を幸せにしたのです。
成長神話の時代
経済成長
↓
企業利益増加
↓
賃金上昇
↓
消費拡大
↓
さらに経済成長
成長神話とは何か
経済成長神話とは、簡単に言えば
成長すればすべて解決する
という考え方です。
しかし、それは
人口増加
若年労働力増加
世界市場拡大
という特殊な条件の上に成り立っていました。
豊かさの転換点
1980年代後半。日本は世界第二位の経済大国になります。ここで日本は一つの壁にぶつかります。
それは、
「十分に豊かになった社会」
です。
経済成長は徐々に鈍化します。
成長の壁
不足の時代
- 欲しい物がある
- ↓
- 成長しやすい
充足の時代
- 欲しい物が少ない
- ↓
- 成長しにくい
バブル崩壊
1991年。バブル経済が崩壊します。土地価格は下落し、株価も急落しました。しかし本当の問題は、お金が失われたことではありません。
日本人が信じていた
経済成長すれば未来は良くなる
という物語が崩れたことです。
ここから
失われた30年
少子高齢化
地方衰退
が同時進行で始まります。
神話崩壊
高度成長
↓
バブル
↓
崩壊
↓
停滞
↓
未来不安
GDPは増えても幸せとは限らない
経済学ではGDPが重要視されます。しかしGDPは、人間の幸福そのものを表しているわけではありません。
例えば、
孤独
地域社会の崩壊
出生率低下
食料安全保障
これらはGDPだけでは測れません。
極端な話、孤独
地域社会の崩壊
出生率低下
食料安全保障
これらはGDPだけでは測れません。
国民が不安を抱えながら消費してもGDPは増えます。
しかし幸福とは言えません。
成長が目的になってしまった
本来、経済は手段です。人間が幸せに生きるための道具です。しかし現代社会では、いつの間にか、成長そのものが目的になってしまいました。
GDPを伸ばすために、
地域を犠牲にする
農業を縮小する
人間関係を切り離す
こうしたことが正当化される場合があります。しかしそれは本末転倒です。
手段と目的
本来
経済
経済
↓
豊かな生活
↓
幸福
現在
経済成長
現在
経済成長
↓
経済成長
↓
さらに経済成長
文明の視点で見る
第一部で学んだように、文明は食料の上に成り立っています。ところが現代日本では、経済指標ばかりが重視され、
文明の土台である食料が軽視されてきました。
食料自給率が低下しても、GDPには大きく現れません。
地方が衰退しても、GDPには大きく現れません。
しかし文明にとっては重大な問題です。
新しい豊かさとは何か
これからの日本に必要なのは、量の拡大ではありません。質の向上です。
求められるのは
安全な食料
地域のつながり
安心できる暮らし
子どもを育てやすい社会
自然との融和(共生)
です。
安全な食料
地域のつながり
安心できる暮らし
子どもを育てやすい社会
自然との融和(共生)
です。
新しい豊かさ
経済成長中心
- ↓
- 量
- 消費
- 競争
食料文明国家
- ↓
- 質
- 安心
- 持続
- 共生
まとめ
経済成長神話は、戦後日本を豊かにした偉大な考え方でした。しかしその役割は終わりつつあります。
今必要なのは、成長を否定することではありません。
成長を目的から手段へ戻すことです。
経済は大切です。しかし文明を支えるのは経済だけではありません。
食料、共同体、教育、文化。
それらを含めて国家を再設計する時代に入ったのです。
食料、共同体、教育、文化。
それらを含めて国家を再設計する時代に入ったのです。