注射器すらまともに用意できない日本とは(ワクチン廃棄)

 今頃になって、このていたらく! もう日本社会の劣化も、いくところまで行ってしまった感がある。ファイザー製のワクチンの接種についての馬鹿げた話である。用意されたワクチンは、一瓶から6回分の注射ができるようになっている。ところが、日本で使用している(用意した)注射器では、構造上5回分しかとれず、残りは廃棄するという。

 1年もの間、何をやっていたのか?この厚労省の役人も政治家も、いい加減責任をとらせるべきだろう。コロナ禍で実に多くの失態が露呈したが、今回の問題はそう簡単に済ませられる問題ではない。なぜなら、欧米ではきちんと6回分を採って使っているからである。

 今頃までこの問題を全く認識していなかったのか隠していたのか、いずれにせよ何も手を打たなかった不作為の罪は大きい。もうひとつは、なぜ欧米で出来る注射器を日本では供給できないのかという素朴な疑問である。ここにも既得権者の妨害があるのかと勘ぐりたくなってしまう。もし、日本ではこんなものもつくれないのだとしたら、日本の製造業は、もはや無価値としか言うほかあるまい。ここまで劣化しているのだろうか?

 メディアも政局化した森発言は異常にあおっても、この人命に関わる問題の原因を報道しないのはなぜなのだろうか。この問題、下手をすると国際社会から日本は袋だたきに遭う。なぜなら、それでなくてもワクチン不足が問題になっており、EUは輸出制限をかけているし、発展途上国にはワクチンが届かないと問題になっている。そんななかで、日本は、ワクチンの実に2割近くを無駄に捨てるなどということになったら、なんと言われるか。政治家はわかっているのだろうか?

 一刻も早く、6回分接種できる注射器を緊急製造すべきだろう。そこにこそ予備費を使えと言いたい。

令和3年2月10日(水)

 

2021年02月10日|分類:政治, 社会