防空壕で助かったウクライナの事実をなぜ言わないのか

 連日ウクライナの惨状がトップニュースで報道されている。まるで世界中がこの話題一色のような騒ぎ方である。だが、お隣の国ではウクライナのゼレンスキー大統領の国会演説に50人程度しか参加せず、国民の関心もほとんど無かったようである。アジアでは、日本のように大騒ぎしている国が珍しいという国際社会の現実も、報道されるべきであろう。日本の報道は常に偏っているので、国民は正しく世界情勢を認識できていない。おっと、今回は、この話ではない。

 ウクライナ報道でロシア軍が撤退した都市に出向いて、住民などの話を聞く報道も増えてきた。ロシアの残虐性や非人道性を伝えるのは良いのだが、インタビューに答えてくれる彼ら彼女らが、なぜ助かったのか、なぜ生き延びられたのか、この事実をきちんと伝えるニュースや現地記者の話は、あまり聞かない。いやほとんど聞いたことがない。

 皆、口々に地下に隠れていたと証言しているのだが、なぜこんなに地下室や地下壕が有るのか、不思議に思わないのだろうか。ウクライナはかってソ連の一部であったから、その頃から、戦争や核シェルターの準備を持っていたのである。個人の住宅ならワインの為ではなく、住民が避難する為の地下室があり、公共交通機関などでは、地下鉄のホームなどが防空壕の役割をはたしているのだ。

 翻って日本はどうだろうか?日本にも核シェルターを販売している会社はあるが、売れても年に1-2件程度とか。今の日本で、ウクライナのようにミサイル攻撃や爆撃を受けたら、日本人は一体どこに逃げ込むのだろうか?東京大空襲では一日で10万人もの犠牲者が出た。いまなら、もっと悲惨なことになるだろう。

 今の日本人はとにかく実際に事故や災害が起きないと対策を考えようともしない。ましてや、平和原理主義に毒されているのだから、戦争への備えなど全くないし、議論することすら許さない。自分の頭の上にミサイルが落ちてこない限り、何も考えないのであろう。戦争に備えることに反対する人達は、何かあれば自分だけは海外に逃げれば良いと甘く考えているのだろうが、そんな甘いものではない。


 せめて、これからの公共施設やインフラは、各種の自然災害とともに、最低限で良いので戦争への備えもしておくべきであろう。それが政治家や社会の指導者の最低限の責任である。

令和4年4月15日(金)

 

2022年04月15日|分類:安保, 政治