パンの味

 いやはや、諸物価の値上がりのすごさ。年金暮らしの年寄りには、スーパーでの買い物が恐怖になってしまった。食料品を海外に頼りすぎたツケが回ってきている。以前から、腹が減っても車を食べることは出来ないのだからと言ってきたのだが、このまま世界情勢が悪化すると、高くても手に入らない食料不足になることも悪夢ではないのだろう。でも、今回は少し違う話。

 食パンの値上げもすさまじい。みるみる倍近くまで上がってきた。大手メーカーもまずいと感じているのだろう、6枚100円程度の安い食パンを出している。これを買って食べてみた。その味にある感覚というか記憶が甦ってきた。それは、半世紀以上も前にはじめてヨーロッパに行って食べたパンの味だった。進んでいるという北欧だが、安ホテルでのパンは黒パンだった。その味を思い出したのだ。きっと使われている小麦が同じなのかもしれない。

 そんなこんなで、この頃感じるのは、日本人は食べ物に贅沢になりすぎたのではないか、ということである。昭和の貧しさを抜け出し、おいしいものを安く食べられるのが当たり前になった。しかし、行き過ぎたような気がしてならない。

 欧州だけではない。確かに豊かなアメリカにおいても、一般の庶民が日常で食べるものは、そんなに贅沢というか、おいしいわけでもない。少なくとも日本人の私にとっては。日々高級レストランで食事をしている富裕層を除けば、食べるものにそれほどうるさいようにはおもえない。日本人は元々味覚にするどいのだが、贅沢に慣らされたようにおもう。

 この国も貧富の格差が広がり、食べるにも困る人達が出てきてしまった。うまい、まずいなどと言えるうちは良いのだろう。パンの味が、この国の将来のことを思い起こさせてくれる。

令和4年7月30日(土)

2022年07月30日|分類:政治, 社会