自衛隊が戦前の日本軍に似ている理由

  これはこれまで何度も取り上げてきたので今更なのだが、『自衛隊がドローンを本格導入、なのに「有事でも自由に飛ばせない」理由』というコラムが目についたからである。

 ウクライナ戦争では、あらためてドローンの持つ軍事的意味が認識された。そんななか、各国ではドローンの軍事利用はそれなりにすすんでいる。それにたいして、北東アジアでは武装ドローンを保有していないのは自衛隊とモンゴル軍だけという状況であった。遅ればせながら、自衛隊でもようやく導入をすすめることになった。それに関して、いくら機器だけ導入しても、運用に関する制度や体制が整っていないので役に立たない可能性が高いというのが前掲の記事の内容である。

 その通りであるが、とにかく今の日本は完全に官僚政治に寄って支配されていると言っても過言ではない。そんなかんきょうでは、根本的な改革が行われない限り、どうにもならないのかもしれない。そもそも自衛隊そのものが、官僚機構の典型におもえるのだから。とくに、幹部候補生を育てる防衛大学校なるものが、まさに官僚養成所のようなものである。これは戦前の日本軍の参謀本部と同じ体質の機構である。

 さらには、集団農耕型気質の人間が上位にいて組織を支配している。日本社会の劣化30年の中で、同じ仕組みの自営他だけがまともである戸は到底言えまい。ドローンの軽視も、結経句はここにつながっている。無論予算がないのだから、優先順位が低かったのはじじつであろうが、それだけではないだろう。専門バカや技術者が落ちるわなである技術を馬鹿にする風潮があったのは否めないだろう。さらに、現状維持、過去からの方法論に固執する、無責任体制など、自衛隊以外の社会全体と同じ空気に満ちあふれている。これが、ドローンを導入してこなかった原因のひとつなのである。

 このように戦前の日本軍の悪い部分、特徴を引き継いでいるように見えるのが、今の自衛隊組織なのだ。わたしの見方が極端すぎて誤っていることを祈りたいのだが。

令和4年12月28日(水)

2022年12月28日|分類:安保