ストレスと日本人
最近の脳科学の発達により、ストレスというこれまではとらえどころの無かったものも、そのメカニズムが次第に判明してきた。ストレスによって血圧が高くなったり、心臓の脈拍が高くなるのは、人類が太古の昔に獲得した身体の防衛機構であるという。肉食獣などの襲来に素早く反応して危険から逃れるために、そのような反応をする身体を作り上げたのである。そのストレス(危険)に素早く反応するのが、脳の扁桃体である。扁桃体は腎臓に指令して、そこからストレスホルモンを排出させることでそれぞれの臓器に働きかける。
このようなストレス反応は、一過性であれば特に問題は無いのだが、現代では、ストレスがすぐに無くならずむしろ継続してしまう。そうなると、コルチゾールなどのストレスホルモンが、脳の海馬にダメージを与える。海馬は、記憶の他に感情を司るので、鬱などの心の病を発症することにつながっていく。
ストレスには、頑張ることのストレスと、我慢するストレスがある。前者は、身体の反応を引き起こすアドレナリンを出し、後者は、心の反応を引き起こすコルチゾールを排出させる。
これらストレスの耐性には、遺伝・体質などの個人差があるのも事実である。くわえて幼児期に育った環境が、大人になって大きく影響をしてくる。子供の時のストレスが強い環境で育つと、扁桃体が大きくなって、大人になったときに、ストレスへの反応が過剰になりやすい。ストレスが、脳内の物理的な変化を生んでしまう事がわかってきたのである。家庭環境を軽視して、経済的合理性ばかりを追求してきた戦後の日本社会は、自らストレス社会を増大させてきたのであろう。
このようなストレスの仕組みを研究すると、現状に満足していられる人ほど、ストレスには強い事がわかってきた。
マインドワンダリング
マインドワンダリングとは、認知科学や心理学で、思考のさまよい状態を指す言葉である。いわゆる「心ここにあらず」という事なのだが、人間は目の前にある事柄とは無関係のことを考えている状態がかなりの時間を占めているという。これまでこの状態は、自分の心のコントロール不足などとして否定的にとらえられていたが、最近の研究では、この一見無駄に思える状態と創造性と関係があるのではと研究が進められている。ただ、ここではストレスとの関係で否定的に扱われている話題を取り上げた。
調査に依れば、人間は直接のストレス以外に、過去のストレスを思い返したり、過去の経験から未来のストレスを予想したりするのだが、これら「いま」以外のストレスが占める割合が40%以上と高い。つまり目の前の事に追われている方が、マインドワンダリングが少なく、ストレスも少ないことになる。過去や未来の余分なストレスを考えている状態を、マインドワンダリングとした場合の話ではあるが。
いずれにせよ、いまをあるがままに精一杯生きるという日本人の生き様(神ながらの道)は、まさに脳科学的にも、ストレスを生まない優れた生活態度なのだと言える。
ストレス解消法
ストレスを解消する方法がいくつも考え出されている。ひとつが、コーピングと呼ばれる「気晴らし」を自分で見つけておいて、ストレスを感じた際に適当な気晴らしを実行することで、気が紛れてストレスを解消できるというもの。100ぐらいの気晴らしを用意しておくことが、コーピングの第一歩だとか。100個書き出すのにストレスを感じそうだが、1回だけだからよしとしよう。
マインド・フルネス
もう一つが、マインド・フルネスと呼ばれる瞑想のようなもの。瞑想から宗教的なものを除いたというアメリカの発案者の説明は、瞑想を正しく理解出来ていないように思えるのだが。日本において、瞑想を宗教的なものと考える人は少ないだろう。座禅なども宗教的であっても、自己の精神のコントロール方法なのだと感じているのだから。
マインドワンダリングを起こさせないために、目をつぶって自分の呼吸さらには身体の動きにだけ意識・注意を向ける。すると雑念が出てきても、いまの身体の動きに注意を向けることで、そのような雑念から逃れられるようになる。こうして、マインドワンダリングをなくす方法を実践すると、前頭葉の働きが強化される。前頭葉は、扁桃体の反応を抑制する働きを持つので、ストレスへの過剰な反応をしなくなる。
この「いま」に着目する方法は、日本の文化では昔から存在している。○○道と呼ばれるものがそれである。決められた型や形、仕草をとることに集中させる事は、ほとんどすべての○○道で、当たり前のように行われている。つまり日本文化の利点を理解してそれを実践していれば、いまのように多くの人が心の病に罹ることもなかったのかもしれない。各種の研究を含めて、自文化をもっと肯定的にとらえる社会になる必要があるのだろう。
武士道教育で強い精神を作り、子供の時から我慢したり耐えることを学ぶことで、ストレス耐性が出来てきて、その結果、ゆがんだ心にならないのであれば、これらを教育に取り入れる価値は十分にあるだろう。
参考資料
神ながらの道 「第3章 神ノ道の主要概念」
文化と文明 「第3章 日本文化 -気質と日本文化」
平成28年8月30日(火)