後始末が苦手な気質
集団農耕型気質が、入り口だけ重視する社会を形成していると述べた。入り口重視とは、出口軽視だとも。その派生的な事柄として、何か事が起きたときに総括をしない、いわば後始末が苦手という傾向が見て取れるだろう。
そこには誰も責任をとらない、いやとらせない集団農耕型の体質があるが、無責任体質だけでは無く、後始末自体が苦手な気質が見えてくる。災害列島の日本において多くの人々が体験したであろう自然災害は、その原因など問うこと自体が、遙か昔には意味の無いことであった。大きな自然災害の後には、一刻も早く元のように復旧させること、二度と起きないよう神に祈ることであった。むろん経験として、危険な場所を避けるという事は学習として次の世代に伝えていたであろうが。この長い時代の遺伝子が、起きたことの原因を考えても仕方が無いという「あきらめ」と「切り替えの早さ」「潔さ」をもたらした。大きな災害や戦争などの後、立ち直りが非常に早いと言われるのもこの気質と経験に無縁ではあるまい。
戦国武将たちは治水事業に力をそそいだが、一般農民は自らそれを成そうとはほとんどしなかった。できなかったというよりも、あきらめが強く、ひたすら元への復旧を願う気持ちが強かったのであろう。これはいまも続いている。大きな自然災害において、復旧と復興と口では言うのだが、ほとんどは復旧を望み、これを機会として全く新しく挑戦することを、被災者も自治体や国も良しとはしない風潮がある。孤高武士型人間ならば、これぞチャンスとばかりに、出来なかった大きな工事や土地利用の大幅な変更を行うことを考える。だが、それを許さない空気がいまの日本にはある。
太平洋戦争について日本人による日本としての総括が成されていない、企業の不正が発覚したときにその原因追及などがきちんと成されない、公害のように官僚や政治家の無作為が糾弾されることも無く見過ごされるなど、後始末がきちんと出来ない社会であることを示す例は数多くある。結局誰も原因と責任を追求をしないのである。和をもってと言う波風を立てたがらない集団農耕型気質に依るものもあるかもしれない。だが、結局それは責任の所在をあきらかにしない、すなわち自分もまた責任をきちんととろうとしない体質に他ならない。原因に対する対策も講じないから、何度でも繰り返される。
特にひどいのが、本来監視役をすべき組織や仕組みが全く機能していない事である。数多くの外部監査機関や、数多くの法律、自治体や国の審査・監督等、監視したりチェックする機構や仕組みはいやになるほど用意されている。だが、およそそれらが正常に機能して不正などが発覚した例はほとんど無い。しかも恐ろしいのは、それがほとんど追求されないことである。
旭化成建材のくい打ちデータの不正事件(2015年)では、建設業界の構造的問題のひとつとして、度重なる建築基準法の改悪により業界が疲弊してしまったと指摘する声がある。うなずけるような気がする。役人は自分たちの責任を棚に上げて、何が問題が発生するとそれを逆手にとり自分たちの権限を拡大させていく。いわゆる焼け太りである。こういう責任をとらせられる事の無い組織の暴走が重なるとき、社会の構造そのものが制度疲労をおこしてしまう。日本社会は、いままさにそのような状態にあると言える。国滅びて役人残る、状態である。むろん、役人だけを責めているのでは無い。このような集団農耕型の体質のゆがみを正す方策をとらない限り、この手の問題は決して無くならない事を指摘しているのだ。
本質的には、この集団農耕型の行き過ぎたゆがみを正す教育をするしか無いのだが、対処療法的に出来る事もまだある。それは、あらゆる監査・管理・審査等の組織や個人に、不正発覚時には不正実行者と同じ罰を科すことである。オリンパス、東芝等の不正においても監査法人の責任は、ほとんどメディアでも取り上げられていない。これでは、形ばかりの監査だと言うことを、社会が認めたことになってしまう。過去に不正事件の結果、監査法人が実質つぶれた例はあるが、およそまれな事例である。
気質などをよく理解して、それに対応した社会の仕組みや体制を作ることが求められている。
平成27年10月30日(金)