日本に貧困をもたらした、民間委託・企業本位の政策・ジョブ型賃金

 これまでも日本の貧困や劣化を招いた大きな原因が、労働者の低賃金つまりは非正規化や男女共同参画、外国人の低賃金労働者の受け入れなどにあることは、度々指摘してきました。それらと重なる形で、さらなる低収入社会を構築してきたいくつかの政策などを取り上げてみます。それが、掲題に記した「民間委託」、「企業本位の各種政策」、「ジョブ型賃金の導入」の三つです。

 これらを見ていると、まるでマルクスの言う「資本家が悪」という資本論の亡霊が甦ってきたかのようです。それが、共産主義を滅ぼして豊かさをもたらしたはずの資本主義の政策、具体的にはグローバリズム、新自由主義経済の考え方、金融経済重視などが大きな原因なのですから、まさに歴史の皮肉としか言いようがありません。

民間委託:非正規公務員

 地方自治体や国が、仕事を民間に委託することで、貧困を生み出している現実があります。いわゆる「官製(ワーキング)プア」です。国や自治体が経費削減の名の下に、業務を民間に委託する。そこまでは良いのですが、それは結果として、公務員が貧しくならないように、民間で働く人に低賃金を押しつけていることなのです。そもそも人出が足りないから、人材の能力不足だから民間に委託するならわかりますが、経費節減の為に民間に委託というのは、そもそも筋の違う話です。

 国や地方自治体が、経費節減の為に業務を民間に委託するようになってから、相当な年月が経っています。その委託業務先で働いている人達は、それまで公務員がやっていた仕事をしているのですから、いわば非正規の公務員です。この人達の給与は、委託料によって決まってくることになります。その結果、なんと何十年も勤続しているのに、給与が全く上がらないという恐るべき事態が発生しているのです。

 例えば、NHKが放送した例では、政令指定都市の児童館の館長の女性は、勤務は1日9時間、週6日程度です。土日も開館していますし、こどもから夜電話があることもあります。こうした児童館は全国に4300余り(2021年)あり、地域の子育て支援の拠点として重要な役割を担っています。
 その毎月の手取りが15万円、年収は250万にも届きません。この給与がなんと10年近く勤めていて、1円も上がっていないのです。理由は簡単で、市が予算を増やさないからです。

 もう少し詳しくみれば、指定管理者制度という仕組みの弊害です。平成15年(2003年)に導入された制度で、民間企業が自治体の仕事に参入出来るようにした法律改正が元になっています。この時の総理大臣は小泉純一郎。
 児童館は利用が無料ですから、施設は市からもらう指定管理料ですべてまかなわれます。これが安いために、給与が低賃金になるわけです。しかも、何十年も増やしていないのです。自治体も少子高齢などで財政が苦しいことはありますが、この問題はここでは脇に置いておきます。管理用が増えないどころか予算は削減されていきます。というのも、受け手の企業は安い予算でひきうければ、次回にも委託してもらえると言うことで、むしろ予算を削減しようとするわけです。そのしわ寄せはすべて働く人達に行きます。人員削減、低賃金です。

 このような公共施設の管理・運営を自治体に代わって民間企業などが行う指定管理の公共施設は、公園や博物館などのほか、水道・港湾施設など様々あり、全国で7万7537(2021年)を超えています。この担い手として、「民間企業等」(株式会社、NPO法人、企業共同体など)が、43%を占めて年々増加しています。

 自治体が色々な口実を設けて民間委託をしていますが、本音の所は予算の削減に他なりません。そしてきついことをいうならば、自分達は安泰なので、委託先の労働者賃金など、どうでも良いわけです。なぜなら、彼ら、彼女らの賃金を改善するために、自治体が何か策を講じたという話はおよそ聞かないからです。むろん、子供の養育のための予算を捻出するために、議員報酬や人数を削減したまともな自治体もあります。ですが、それがニュースになるほどわずかな例なのです。

 そしてこの話は、次の企業優先の政策やジョブ型賃金制度の話とも、つながっていくのです。

企業本位の政策

 前述の公共施設の民間委託事業で、受け手の企業が、そこで働く人の待遇よりも、自分達が引き続き受託できるように、むしろ予算を削減して役所のご機嫌を取るという話をしました。それを役所側もよしとしているわけです。まさに、行政と事業者の癒着といえる状況です。
 東京五輪の運営組織と企業との癒着がようやく明るみに出て、騒がれましたが、この行政などの依頼側と企業などの受託側の癒着は、いわば公然の秘密でしょう。国のあらゆる政策実行においても、地方自治体の政策実行においても、実質的なこの種の癒着は日本中に蔓延しています。そしてこの事が、国民や一般の人々の暮らしをないがしろにして一部の利権者達が、金を儲ける構図になっているわけです。バブル崩壊後、これがさらにひどくなって、今のような日本全体の貧困かを招く原因にもなっているわけです。富の分配どころか、途中で横取りするのですから、当然でしょう。

 たとえば、コロナ対策でも何でも、国民に直接支援することはせずに、必ず企業などを間に入れる形がほとんどです。また事業者に直接支援する補助金は、ひたすら不正受給のオンパレードです。

 この政財官の癒着を基にした企業優先の政策や仕組みが、そこから先にも苑恩恵が届くのであればそれでもまだ良いのですが、企業経営者などの多くは、自分達だけが利益を独占するばかりか、そこで働く労働者の賃金を下げることに注力します。これでは、いくら上からお金を流しても、皆途中で吸い上げられてしまいます。そして、そういう企業間で過当競争を繰り広げることで、さらにしわ寄せが働く人に行ってしまったわけです。この愚かさに気がつかないまま、あるいは心中主義などの一部の考え方に引きずられて日本全体の衰退を招いたわけです。それにとどめを刺したのがコロナウイルスのパンデミックとロシアのウクライナ侵攻の世界的な悪影響です。

 今年令和5年(2023年)の春闘では、さすがに大手企業などは、満額回答など大幅な賃金アップを行いました。しかし、それも自社の生存だけを考えての事がほとんどです。一国二経済制度で指摘したように、自社の正規社員だけいくら賃上げしても、非正規や下請け、仕入れ先などの賃金が上がらなければ、国全体の賃上げには結びつきません。政治によるここへの働きかけは、まだまだ不十分なのです。

ジョブ型賃金

 男女共同参画、男女平等の裏に隠れた政財官の本音は、女性という低賃金労働者の確保だったわけです。今またそれと同じ事が起き始めています。それがいわゆるジョブ型賃金制度の導入です。この考え方自体は、必ずしも悪いものではありません。ですが、官製ワーキングプワーで見たように、ひとつのジョブの賃金を決めてしまうと、そのまま何十年も同じ賃金のまま労働者を使える仕組みとして悪用も出来るわけです。この問題を軽く考えるべきではありません。民間委託の膿が表に出るまで十年以上もかかっています。ジョブ型賃金の問題もそうならないとは言えないのです。

 ジョブ型のもう一つの問題は、ジョブ内容による労働適齢期の問題です。たとえば、自衛隊員がある年齢以上は憎体的に難しい事はだれでも理解出来ます。おなじように、例えば、プログラマーとしての盛りも、普通の人は案外短い物です。とすれば、こういう人をできるだけやめさせようとします。定年がないというのは、実はこんな悪用も出来るのです。

 このように、どのような仕組みも運用によってメリットとデメリットが出てきます。それぞれの仕組みにおける歯止めをどのように設けるのか、設けられるのか、はじめから考えておく必要があります。


 このように、日本に貧困をもたらした実に様々な政策や仕組みがあります。これらの点検と改善がおこなわれないかぎり、日本が今の貧困から正しく抜け出すことは出来ません。他人事と思わず、結局は、社会全体の問題なのだと認識しなくてはなりません。

令和5年3月15日(水)

2023年03月15日|コラム・エッセーのカテゴリー:政治・外交, 社会, 経済